なげきつつ


カンカン、

住宅街の小さなアパート。
階段を昇る足音に弾む心。

しかし、カツカツと響くそれは、淡い期待を裏切り、私の部屋の前を通り過ぎた。

「はぁ〜……」

溜息をついて壁の時計を見上げると、既に日付が変わって2時間近くが経とうとしていた。

「ちーの嘘つき……」

今日(既に昨日だけど)だけは何があっても来るって言ってたのに。

ベッドに俯せて視線を上向けると、壁に貼ってある新聞の切り抜きが目に入った。

そこにあるのは若手起業家としてインタビューを受けるちーの姿。

テニス部時代に彼が身につけた才気煥発の能力。
ちーはそれを応用して、小さな会社を立ち上げた。
まだ誰も目をつけていない分野や製品にちーの会社が手を出すと、それは瞬く間にヒットしていく。
それが繰り返されて、ちーの会社は今や大企業。
ちーだって、最初は単なる学生社長だったのに、今じゃあちこちの講演会に呼ばれるわ、雑誌なんかの取材も引っ切りなし。
以前スケジュール帳見せて貰った事があるけど、予定が空白のところなんて、ひとつもなかった。

「……学生ん時はただのちゃらんぽらんな奴だと思ってたのになぁ」

今では、私なんかが隣にいてはいけないのではないかとさえ思ってしまう。

「ちーのバカ……」

鬱々とした気持ちのまま枕に顔を埋めて、意識を手放した。



***



「……、詩歌、」

ふわふわした意識の中聞こえる微かな声。

「んー、あと5ふんー……」

夢心地の中返事をすれば、ゆさゆさと身体が横に揺すられる。
そのせいで、急速に覚醒した意識が捉えたのは。

「詩歌、もう9時やけん。起きなっせ」

待ち続けてた彼の声。

「ちー!?」
「うぉっ!?」

布団を跳ね退け飛び起きると、目を丸くして尻餅ついてるちーがいた。

「おはよ、詩歌」

目が合うと、私の大好きな笑顔を浮かべる。

「それから、」

そして、その笑みに困ったような色を浮かべて、小さなブーケを差し出す。

「誕生日おめでとう。遅れてすんまっせ」

それを受け取るよりも、お礼を言うよりも早く、私はちーの広い胸に飛び込んだ。



なげきつつ
ひとりぬるよの あくるまは
いかにひさしき ものとかはしる



(寂しい思いさせてごめん)
(あと少ししたら落ち着くけん、そしたら2人で暮らしまっしゅ)



-20-


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