こころあて
「謙也ーっ!」
吐く息さえも白く濁る季節。
その寒さをものともしてへん元気な声が、背後から聞こえた。
「とうっ!」
「おわっ!」
振り返りざま、突然のタックル。
「おっはよー!」
「おはようさん……って、菅野、自分もうちょいマトモな挨拶できひんのか」
「ごめんごめん。いやー、自分でもよくわかんないけど、謙也のアホっぽい金髪みたら、何かタックルしたくなって」
「何やとっ!?」
彼女が飛び付いてきた腰をさすりながら、半眼で菅野をねめつけると、全く悪びれた様子もない答えが返ってくる。
それに噛み付けば、くすくすと笑ってかわされた。
「あ、白石発見ーっ!」
そんなやり取りを楽しむ間もなく、彼女の興味は次の標的へと移る。
――いつもこうや。
恐らく、どうやって脅かそうか考えとるんやろう、前方を歩く白石を捕らえて、悪戯っぽく輝く菅野の瞳。
それを見て、俺は小さく溜息を吐く。
他の女子と比べて、菅野とは仲がいい。
その自覚は確かにある。
ただ比較対象を彼女と仲いい男子と俺に変えると、そこにはさほど差がないように思えてしまう。
せやから、躊躇ってまう。
菅野に想いを伝えるんを。
「溜息吐くと、幸せが逃げちゃうよ?」
「のあっ!?」
菅野の大きな瞳が、俯く俺の顔を覗き込んどった。
とっくに白石へタックル仕掛けに行ったと思うてたんに、何で。
不意打ちに心臓が不規則な鼓動を刻む。
やっば、これ顔赤くなったりしてへんよな……!
「……何で顔逸らすの?」
咄嗟に顔を背ければ、不思議そうな菅野の声。
「特に意味ナシや」
「ふぅん」
気づかれてないのに、安堵しつつ顔を戻すと、幾分か疑わしげな声音で、相槌が返される。
あ、まずった。
「ちゅうか菅野、白石には突撃かけへんのな。なして?」
「……違う」
誤魔化しで思いついた疑問を投げかけると、さっきまでとは打って変わったか細い声で、噛み合わへん答えを寄越す。
「白石には、じゃないの。ああいう悪戯するのは、謙也だけなの」
「え……?」
予想外の言葉に、暫し固まる。
「それってどういう、」
「教えないっ!」
最後まで言わさずに、ダッシュで逃げる菅野。
「教えないって……、こんなん、言外に答えくれとんのとおんなじやん」
ひとりごちて、遠くなった彼女の背中を追いかけた。
こころあてに
をらばやをらむ はつしもの
おきまどはせる しらきくのはな
(自慢のスピードで捕まえて、芽吹いたばかりの花を手折るまで、あと少し)
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