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ぼんやりとした朝の陽射しが、繁華街に並ぶビルの合間を縫って差し込む窓の外。
夜中はけばけばしいネオンサインが彩り、眠らない街だけれど、今は人通りもなく穏やかな静寂に包まれていた。

眠い目を擦りながら、カウンター席の奥にあるキッチンで、モーニングの下拵えをしていると、チリリンとドアベルが鳴った。

……またか。

溜息をついて、カウンターに顔を出すと、早朝の静けさを乱す不届き者が、きらびやかなスーツに身を包んでエントランスに立っていた。

「なまえちゃん、おはようさん」
「おはようございます……じゃなくて!」

爽やかな笑顔に脊髄反射で挨拶を返してから、ハっと我に返る。

「開店前に来るのやめて下さいって何度も言ってるじゃないですか!」
「ハハ、すまんすまん」

……絶対悪いなんてカケラも思ってない。

悪びれもせずカウンターに座るその人に、じとっとした視線をくれてやるけど、「そない見つめてどないしたん?」とにこやかに自意識過剰な台詞が返ってくる。

これだからホストは……っ!

腹に据えかねる様々な感情を深い溜息にして吐き出す。
だってこの人に腹を立てたところで、からかいのネタにしかされなくて、余計にストレスが溜まるだけだから。

「で、ご注文は?」

普通のお客さんには絶対に使わないトーンの声で訊ねると、彼は勝ち誇るかのように笑みを深める。

「なまえちゃん特製野菜ジュースで」


***


「お待たせしました」

カウンターの上に肘をついて待つ彼に緑色の液体をグラスに並々と注いで差し出す。
軽食の下拵えで余った野菜と果物をミキサーで混ぜた野菜ジュースだ。
勿論正規のメニューにはない。

「おおきに」

グラスを受け取ると、彼は一気にそれを飲み干す。
喉を鳴らして煽っているのに、下品には見えないのは、彼の見た目のせいだろうか。

「あー、胃が生き返るわぁ」
「そんなに辛いならお酒、止めればいいじゃないですか」

以前あまりお酒は好きではないと言っていた彼から空いたグラスを受け取って、率直な意見を述べると、彼は端正な眉を顰めて苦笑した。

「せやけどせっかくお客さんが入れてくれたん断る訳にはいかんし。下手するとNo.1の座落とされてまうもん」
「だったら自業自得です」

御託を並べる彼をぴしゃりと跳ね退けると、「手厳しいなぁ、なまえちゃんは」と苦笑の度合いを深める彼。

「開店前に押しかけるような人を受け入れてるだけでも、私としては十分優しくしてるつもりですが」
「……せやな。ホンマ迷惑かけてすまん」

突き放すように冷たくあしらうと、急に真面目な顔をして頭を下げる。

「だったら早朝に来るのやめて下さい。開店中ならちゃんと歓迎しますから」
「それはヤダ」
「何で!?」

しょげた顔に罪悪感を感じて譲歩すると、先程までのしおらしさは何処へやら、いつもの調子で子供みたいな駄々をこねる。

「……やって、他の客がおったらなまえちゃん独り占めできひんやんか」

我儘な彼に、思わず丁寧な言葉遣いにするのも忘れて理由を問えば、さらりと口説き文句のような答えが返された。

「そ、そうやって人をからかわないで下さい!」

タチの悪い冗談に反発すると、彼は再び真剣な顔をして、切れ長の瞳で私を見据えた。

「からこうてなんかない。全部本音や」

心の底からなまえちゃんを独占したいねん。


「……な、何で、」

真っ直ぐな視線に見詰められて、体中の熱が顔に集まる。
オーバーヒート気味の頭を何とか働かせて音を紡げば、彼は口の端を吊り上げて。

「そんなん決まっとるやろ」


俺がなまえを好きだから。


フリーズしてる私の耳元に顔を寄せ、艶っぽい声で囁いた。



蜘蛛の糸



(絶対君を捕まえるから、覚悟しときや?)




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