「なまえ、」

SHR終了と同時にからからと開けられる教室の扉。

「一緒に帰ろ」
「う、うん」

何度見ても心臓に悪いくらいにカッコいいこの人は、四天宝寺の聖書でアイドル、白石蔵ノ介。
そして、つい最近私の彼氏になった人。
私も憧れていた人だから、彼から告白されたときはびっくりしたけど、とても嬉しかった。

白石君の告白を受けた次の日から、彼はこうして毎日私のクラスまで迎えに来てくれている。
しかし、最初のうちは嬉しかったその行為も、今は少し憂鬱だ。

「どないしたん?いくで」

差し出された手をなかなか取らずにいると、彼の方からそれを繋ぐ。
そのまま2人並んで廊下に出ると、他クラスの女子の視線が痛いくらいに突き刺さった。

「えーありえへんわぁ」
「ちゅうか全然白石君と似合うてへんやん」

白石君と一緒に帰ることに慣れて余裕が生まれたせいで聞こえるようになった、陰口。
名前は出さなくても品定めするような視線を向けられているから、自分のことを言われているのだとわかって嫌になる。

確かに白石君は顔立ちもスタイルもものすごくいい。それに加えて運動も勉強もできるし、強豪テニス部の部長を任されるくらい人望もある。

そんな白石君と比べて、私は至って平凡。容姿も成績も運動も何もかもが中の中。
他人から言われなくたって、自分が1番知っている。
彼とは月とスッポンだって。


***


「なぁ、ちょっとええ?」

そんな悩みを抱えながらも白石君とのお付き合いを続けていたある日。
掃除を終えてクラスへ戻る途中、見知らぬ女の子に呼び止められ、そのまま女子トイレへ連れ込まれた。
そこにいたのは、白石君のファンクラブを堂々と名乗っている女の子たち。
半ば引き摺られてやってきた私を目に留めた瞬間、彼女たちが一斉に周りを取り囲んだ。

「さっさと白石君と別れろや、このブス!」

バシャン!

暴言と一緒に、バケツの水を浴びせられる。

「っあ!」

そのまま洗面台に押さえつけられて、縛っている髪を引っ張られる。
そして顎を無理矢理持ち上げられて無様な自分の姿が映っている鏡に顔を向けさせられた。

「自分、こんな顔で白石君の隣に立ってええと思うてるん?」
「ちゅうか、こんなダッサイ恰好しとってほんまに白石君に好かれとると思うてるん?」
「特別綺麗でもなけりゃ、頭がええわけでもない。そんなヤツに白石君の隣立つ資格ないんやっちゅうねん」
「白石君やって迷惑してるんやない?こんな平凡すぎる子彼女にさせられてしもうて」
「ちゅうか遊ばれてるとか考えへんの、自分。こんな見た目で」

罵詈雑言が頭上を飛び交う。
一頻り罵倒すると、彼女たちは気が済んだのかぞろぞろとトイレから出て行く。

「やっぱり、私じゃダメなのかなぁ……」

ずぶ濡れで更にみっともないことになってしまった自分の顔を鏡でみつめる。
頭の中にリピートされるのは、さっきのファンクラブの子たちの言葉。

『白石君も迷惑してる』
『遊ばれてる』

そんなことはない、と思いたいけど、彼女たちの言う通り私は至って平々凡々だから、あながち間違いではないのかもしれない。

憂鬱な気分で教室に戻ると、とっくにSHRは終わっていて、夕陽が差し込む窓際に白石君が佇んでいた。
それだけなのに、とても絵になる。

でも、それが私とは住む世界が違う人だということを明確に教えてくる。

「遅かったやん、なまえ」

私を見つけると、どこ行ってたんとすぐに駆け寄ってくれる。

「髪……、どないしてん?濡れとるみたいやけど」
「あ、これ?さっきゴミ捨ての帰り、用務員さんが水かけてるとこを気づかず通りかかっちゃって、」

アハハ、と笑い返すと白石君も案外なまえってドジなんやな、と笑った。

「ほな、帰ろか」

いつものように差し出される手。
けれど私はそれをとることはできない。

「なまえ……?」
「あのさ、白石君」

手を取る代わりに、私が彼に告げるのは。

「別れようか、私たち」

さよならの言葉。

できるだけ笑顔でそれを告げると、白石君の切れ長の瞳が驚いたように見開く。

「なまえ、冗談きついで……?」
「冗談じゃない、本気だよ」

本当はさよならなんて言いたくない。
だけど、私ではこの人に釣り合わないから。

だから、私は笑顔でウソを吐く。

「じゃあ」
「待って」

立ち尽くす白石君の横をすり抜けようとすると、ぐっと後ろ手を引かれた。

「……俺、なまえになんかしてしもた?」
「…………ううん」

どう答えようか迷ったけれど、背後から聞こえる白石君の声が辛そうだったから、これは本当のことを答えておく。

大丈夫、貴方のせいじゃないよ。

「せやったら、俺のこと嫌いになってしもた?」
「…………違うよ」

白石君を嫌いになれるはずなんてない。
傍にいられるのなら、ずっと傍にいたい。

「やったらなして、」

だけど、私にはその自信がない。

「白石君には釣り合わないもの」

振り向いて、精一杯の笑顔を作る。

「だから、っ!」

別れよう、と言い切る前に、白石君に掴まれていた腕をぐっと引かれた。

「……理由はそんなけか?」

そのまま彼の腕の中にすっぽりと収められて、耳元で険を孕んだ低い声が響く。

「……せやったら、俺の答えはNOや」

私の無言を肯定と受け取ったのか、白石君は言葉を続ける。

「不釣合いやなんて誰が言うた?俺はなまえやないとあかんのや」

熱っぽい真剣な声に、抱きしめられた腕の中でゆるゆると顔を上げると、少し怒ったような、だけどどこか切なそうな表情をした白石君と目が合う。

「でも、私、特別可愛い訳でもないし、運動神経がいい訳でも、頭がいい訳でもないんだよ……?」

口に出せば出すほど、白石君とは釣り合わないなと気が沈む。

「……阿呆。どんなに綺麗に着飾っとろうが、学年イチの秀才やろうがなまえに勝るやつはこの世にはおらん」

むすっとした口調で一気に捲くし立てると、白石君はふぅと息をついた。

「誰に何て言われたかしらんけど、なまえが自信持てんなら何度でも言うわ」

そして私の肩を掴んで、目線の高さを揃えると。

「俺はなまえが好きや。なまえが側におらんと…息もできひんのや」

せやから、別れるなんて言わんで。

切なげな視線で見つめられた後、再び腕の中に閉じ込められた。

「……ホントに私なんかでいいの……?」
「なんかなんて言うの止め。なまえは誰よりも可愛くて優しい俺の自慢の彼女や」

ぽんぽんと小さな子を諭すみたいに頭を撫でてくれる蔵。
私に言い聞かせるみたいに耳元で囁かれる彼の言葉がひとつひとつ胸に沁みて、凝っていた不安を溶かしていく。

「それに言うたやろ?俺はなまえがおらんと息もできひんって。こんな風に思えたんは後にも先にもなまえだけや」

せやから、

「なまえは堂々と俺の隣に居ればええねん、な?」
「うん……っ!」

蔵の胸に触れてる頬を、温かな雫が伝った。



月とスッポン



(蔵……)
(んー?)
(私を好きになってくれてありがとう)
(……おん)

そっと差し出された手をとった時、蔵の顔がほんのり色づいていたのはきっと、夕焼けだけのせいじゃない。




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白石に言われたい台詞「好きや。なまえが側におらんと…息もできひんのや」でした。
美奈様、リクエストありがとうございました!

同級生白石を好きなヒロインが白石ファンに色々言われて自信をなくす、というご要望でしたがこんな感じでよろしいでしょうか……?
ちょっと度が過ぎてしまった気がしなくもないですorz

蛇足な願望ですが、白石はこの後、再びヒロインがファンクラブに絡まれたところを助けに入って、ファンのコたちに脅しをかけてたらいいと思います。

「これ以上なまえ傷つけたら、例え女でも容赦せえへんで?」
みたいな感じで^^


台詞やご要望を生かしきれてるのか些か不安ですが、楽しんで頂けたら幸いです。


羽澄 拝


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