「いってきまーす!」
「いってらっしゃーい」

毎朝6時半。
家族の声を背中に聞いて、玄関を飛び出すと門の向こうに覗くミルクティ色。

「蔵、お待たせ!」
「おはよ、なまえ」

小走りに駆け寄ると、爽やかな笑顔で迎えられた。

「ほな、いこか」

空いていた右手をさらっと恋人繋ぎ。
あまりに自然過ぎるその動作に、顔を赤らめる私をみて「可愛え」と微笑む。
そして、そのまま2人で学校に向かうのだ。

学校に着くと蔵の自主練に付き合って、そのまま部全体の朝練に参加する。
その後はクラスが違うからお互いばらばらになってしまうけど、蔵は少しの時間を見つけては、階さえも違う私の教室まで来てくれる。
お昼休みはそんな蔵と一緒に屋上でお弁当。
帰りは帰りで、部活のマネージャー業に勤しんだ後、蔵の自主練の手伝いをして帰宅する。
この時も蔵は自分の家とは反対方向なのにも関わらず、私をきちんと家まで送り届けてくれるのだ。
そして、夜11時半近くなると必ず届くおやすみメール。

蔵と付き合い始めて1ヶ月と少し。
こんな生活が私の日常になった。

けれど。


***


「ええわねぇ、なまえちゃん。めちゃくちゃ愛されとるやないの」

放課後の生徒会室で羨ましいわぁ、と微笑むのは私と同じ生徒会役員にして自称オトメの小春ちゃん。
彼(カノジョ?)にじとっとした視線を向けて、咥えていたパックジュースのストローの端を噛む。

「なまえちゃんは、この誰もが羨むような毎日のどこに不満があるん?」

不思議そうな顔で訊ねてくる小春ちゃんに大きく溜息。

そりゃあ、私だって最初の内は嬉しくて仕方なかった。
大好きな人に愛されてるって実感があるから。
今でも、朝迎えに来てくれたりするのにはどきどきするし。

だけどね?

「休み時間の度に私のクラスまで来なくたっていいと思うの」

お昼みたいに何か用事があって来るならまだしも、大抵の場合がただ逢いたかったからという理由だけ。
そして休み時間の間中、私をむぎゅむぎゅとまるでお気に入りの人形みたいに抱きしめてくるのだ。
しかも次の授業が移動教室だろうが体育だろうがお構いなし。
そのせいで1度体育の授業に遅刻しかかったこともあるくらいだ。

最初のうちこそ羨望の眼差しや、殺気のこもった視線をクラスの女子から受けていたけれど、最近ではそれらでさえも何だか哀れみを含んだもの変わりつつある気がするのは、決して気のせいではないだろう。

「ねぇ小春ちゃん。蔵ってあんなに甘えただったっけ?」

どちらかというと包容力のあるイメージあったんだけどな、とこぼすと、小春ちゃんは、にやりと笑ってとんでもないことを宣った。

「自分の行動、なまえちゃんにはただ甘えてるだけにとられとるようよ?蔵リン」

小春ちゃんの目線を追って後ろを振り向けば、少し仏頂面の蔵が立っていた。

「く、蔵っ!?いつからいたの!?」
「さぁいつからやろな?」

焦る私ににっこりと笑みを返す蔵。
いつもは大好きなその笑顔も今はぞくりとさせるだけ。

だって目が!
目が笑ってないよ、蔵!

助けて、小春ちゃん!

「小春、もう生徒会の仕事終わっとるな?」
「えぇ」
「やったらなまえは返して貰うで」
「勿論ええわよ」

こ は る ち ゃ ん !

心の叫びも虚しく、私は機嫌の悪い蔵に腕を引かれて生徒会室を後にした。


「ちょ、蔵、待って!」

人気のない廊下をぐんぐんと進む蔵の足は速くて。
普段とは違う歩幅に、私は何度も転びそうになる。
せめてもう少しゆっくり歩いて欲しくて、何度も蔵に呼びかけるけどその度に無視されてしまう。

「ねぇ蔵って、ばっ!」

廊下の突き当たりで更に名前を呼ぶと、急にぐいっと腕を引かれて体を反転させられる。
そしてそのまま蔵と向かい合う形で校舎の壁に縫いとめられた。

「く、ら……?」

逆光で蔵の表情が良く見えない。
けど、怒っていることだけは彼の纏う空気でわかる。

「……なまえは、」

それに怯えていると、蔵が普段より幾分か低い声で名前を呼んだ。

「なまえは、俺より小春がええんか?」
「え?」

蔵の口をついたのは私が予想もしていなかった言葉で、脳内で処理するのに少し時間がかかる。

小春ちゃんのがいいって、それって。

「私が蔵より小春ちゃんを好きなんじゃないかってこと?」
「……おん」
「えぇっ!?」

確かに小春ちゃんはクラスの女友達と同レベルで仲はいい。
だけど、それは友達としての話であって蔵みたいな……、恋愛対象としての好きではない。

「ほんまか?」
「ホントです!私の好きな人は……」

蔵、だけだもん。

真っ赤になりながら吐息のようなか細い音でそう答えると、蔵は力が抜けたようにゆるゆるとその場にしゃがみこんだ。

「蔵……?」

心配で覗き込むと、蔵がじとっとした眼差しを向けてくる。

「やったら謙也は?」
「謙也君も友達」
「千歳」
「ちーちゃんも」
「ユウジ」
「一氏も」
「財前」
「光は可愛い後輩」
「せやったらサッカー部の主将」
「小林君はクラスメイトで委員会が一緒の人!」

え、何なのこれ。
蔵が挙げてくるのは私が親しくしている男友達の名ばかり。

もしかしなくてもこれって、

「蔵、嫉妬してた、の……?」
「………………………………おん」

目を丸くして問うと、蔵は白い肌をほんのりと赤くして、随分な間を空けた後頷いた。

「やってなまえ、俺とおる時よりも小春たちと話しとる時のほうが楽しそうやし」
「う……」

蔵と一緒にいると緊張してしまって、他の人たちみたいに話せなかったのをそう受け取られていたのか。


「休み時間の度、逢いにいくのも嫌がられとるし」
「だってそれは……って、あ!」

蔵の言葉に反論しようとして、ようやく思い当たった理由。

蔵が毎度毎度私のクラスにやってくるのって、

「妬きもちやいてたからなのっ!?」
「………………………………おん」

そっぽを向いて頷く蔵。

「やって、そうでもせんとひなを他のヤツらに掻っ攫われてしまいそうで……」

不安やってんもん。

拗ねたような口調で答えた蔵に、私は開いた口が塞がらない。

だって、あの蔵が。
いつでも余裕そうなあの蔵が。

嫉妬するなんて誰が想像できただろう。
付き合い始めてヤキモキしなきゃいけなくなるのは私のほうだろうとばかり思っていたのに。

「……なまえは、嫌?」
「え?」

顔を背けたままの蔵を半ば呆然と見つめていると、蔵が少し哀しげな視線をこちらに向けて訊ねてきた。

「俺に嫉妬されんの……嫌?」
「それは……嫌じゃないよ」

嫉妬するほど好きでいて貰えてるというのは、やっぱり嬉しい。

即答した私を蔵は少し驚いたような顔でみた。


「けどね、もう少し私のことも信じてほしいな」

確かに男の子の友達も多いけど、私が好きなのは。

「私が好きなのは、蔵だけなんだから」
「……おん」

顔中に熱が集まるのを感じながら断言すると、蔵は一瞬鳩が豆鉄砲をくらったような顔を見せて。
数回目を瞬かせた後、私を腕の中に閉じ込めた。

そして耳元で囁かれた謝罪の言葉に、明日から甘えたな蔵をみえなくなるなーなんて少し寂しく思ってしまったのはここだけの話。


キミと私の
こんな毎日



次の日。
1時間目終了後
(なまえー)
(あれ、蔵?)
(ぎゅー)
(えぇっ!?ちょ、蔵、昨日言ったよね、私信じるって!)
(おん。なまえが俺以外好きにならへんっちゅうのは信じとるで?)
(だったら何でまた……!)
(それとこれとは別やもん。なまえ不足を補ってるんや)
(えええっ!?(前言撤回!これじゃ昨日までと全然変わらないじゃない……っ!))




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白石に言われたい台詞「嫉妬されるの…嫌?」でした。
リクエストして下さったいちご様、本当にありがとうございました!

しかし作中でヒロインも言っておりますが、嫉妬しているというよりただの甘えん坊の白石君になってしまった気が…orz

少しかっこよさにかける白石君ですみません><
楽しんで頂けたら幸いです。

羽澄 拝


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