複雑な想いを抱えながら、俺の来栖家での生活がスタートした。
とりあえず来栖との生活で大変なのが、彼女の猫好きな性格だった。
彼女は自分の手が空いている時はやたらに俺を構いたがった。
撫でられるのには昨日今日で耐性がついてきたが、抱きしめられるんだけは、色んな意味でムリや。
猫の小さな心臓が爆発しそうでしゃーない。
「にゃんのすけ、動いちゃあかんよ」
そして今はというと。
彼女が風呂に入っとる間机の上でうたたねをしていた俺は、彼女が部屋に戻った瞬間、突然抱き上げられ膝の上で丁寧にブラッシングされた。
その上で何故か机の上でおすわりさせられて、ケータイを間近に向けられとる。
普段自分が使い慣れてるケータイやけど、こうやって猫になって近づけられるとでかくてちょっと怖い。
本能的に逃げようとしたが、来栖に可愛らしく「めっ」と言われたため、置物のように大人しくしとるわけやけど、内心はめっちゃ逃げたい。
俺も我が家の愛猫を自慢したくて、写メを撮ったことは何遍もあるけど、あの時あのコが逃げようとしてた理由がよくわかる。
とりあえず元に戻れたら、2度とあのコに写メを強要することはせんどこう。
ピロリロリ〜ン、と機械音が響くと、ケータイ画面と俺を交互に見返す来栖。
「よっしゃキレーに撮れたで。ええ子やったなぁにゃんのすけ」
俺の頭をわしゃわしゃと撫でながら、彼女は満足げに微笑む。
「明日奏と白石にも見せたろー」
来栖の口から俺の名前が出たため、思わずどきりとする。
「白石びっくりするやろなぁ。自分とおんなじ色したにゃんこがおるなんて」
来栖の素直な感想に、俺は苦笑するしかない。
びっくりする以前に本人なんやけどなぁ……。
明日学校で来栖にこの写メ見せられたら、とりあえず驚いたふりをしといたほうがええんやろか。
そんなことを考えながら、来栖の勉強机の上で、大きく伸びをする。
すると、そんな俺の動きに合わせたみたいに、来栖も大きな欠伸をした。
「今日はこんなもんかなぁ」
名残惜しそうな視線を俺に向けて、来栖がそっと背中を撫でた。
「約束やもんね」
そしてひょいと俺を抱きかかえると、隣接する謙也の部屋の窓をノックする。
数秒の間も置かず、向かいの窓も開けられた。
「謙也、にゃんのすけよろしくな」
「……おー」
来栖が名づけたコトの核心に触れそうな名前に、謙也は2日めの今日も一瞬びくりとしたが、昨日ほどの同様は見せんかった。(因みに昨日は飲みかけのお茶を吹いて、来栖に怪訝な顔をされとった。)
「ほな、おやすみ。明日学校で」
「おう。おやすみ」
俺の引渡しを終えると、来栖はからからと窓を閉める。
そしてすぐに彼女の部屋の灯りが消えた。
ほんまに、謙也とは仲ええんやな。
いくら幼馴染でも、夜中にこんな風に窓から窓へやりとりできるんは、きっと彼女が謙也を信頼しとるから、なんやろな。
「白石?どないした?」
(……なんでもないわ)
真っ暗になった来栖の部屋をぼーっと眺めとると、謙也が訝しげな顔で覗き込んでくる。
俺がずっと羨ましい羨ましい思うとる当の本人は全く彼女の想いに気づく気配もない。
ホンマ、対抗意識燃やすんがアホらしなるわ。
目の前のニブチンの顔をじとっとねめつけて、俺は盛大に溜息を吐いた。
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