「こんなこと勝手やて思われても仕方ないけど」
「じゃあどうして」
「嫌やったんです。貴女が好きなんは、俺やない。俺やけど俺やない。そう思ったら……」
その言葉に思わず耳を疑った。それじゃまるで、財前君は私を好きだって言ってるみたいだ。
(まさかそんなことない)
言い聞かせるのに次第に速くなる鼓動が、身体中に響く。
「一夏さんには、本当の俺を見て欲しかった……」
追い打ちの様な台詞を受けて顔まで熱くなる。見られないように下を向くと、財前君が心配そうに覗き込んで来た。
「一夏さん?」
お願いだから、今はこっち見ないで欲しい。
好きだと言われたわけじゃないのに、名前を呼ばれただけで体温が上がった気がした。
「どうした……っ」
言いかけて財前君も黙る。不思議に思って様子を伺うと、片手で口元を隠しながらうろたえていた。よく見るとその顔は朱く染まり、さっきの自分の言葉の意味を悟った様だった。
「あっあの、……私は気にしないから……その」
「えっ…あ………はい」
何となく気まずい雰囲気に包まれて、互いに相手の様子を伺ながら時間が流れ始める、刹那。
「…嫌です」
このまま暫く続くかと思った沈黙を財前君が破った。
「嫌です。さっきの言葉、やっぱり気にしてください」
今までの財前君とは違い、感情もあらわに声を上げこちらを見る。その瞳は昼間みたあの瞳で、囚われる。
「それは…」
それはつまり、財前君は私が好きだと認めたと言うことで、私にそれを自覚して欲しいと言うこと。
「好きです。一夏さんのことが」
「っ……」
息が詰まるほどの衝撃が心を打つ。
胸が熱くなって気付いたら涙が流れていた。
振られてから、好きだったのは私だけだったのかなってずっと考えていた。あの時は付き合ってる事が嬉しくて、相手も同じ気持ちでいると疑いもせず思っていた。別れを告げられて違うと思い知った。
でも財前君は私を好きで居てくれた。そう思ったら……。
抑えのきかない雫が後から後からこぼれ落ちた。
「……今更駄目…ですよね」
「……っえ?」
「虫がよすぎる」
自嘲気味に笑う財前君が滲む視界に入る。
でもその表情は苦しげに歪められて。
「ざ…」
次の瞬間には私の視線から逃げるみたいに顔を逸らしてしまう。
違う、そうじゃない。
固く握られた拳に手を添わせる。ピクリと小さな反応を見せて、三度視線が合う。
「…駄目じゃない。嫌じゃないよ」
私も。
「私も…財前君が好き…」
ネットの世界の君が嘘の君でも、私にはどちらも財前君だから。どちらもずっと、今でも好き。
視界の隅にピアスが光り、温もりに包まれる。抱きしめられたのだと理解するのに数瞬を要した。
「ありがとうございます」
「…うん」
財前君の背中に腕を回すと、抱きしめる腕に更に力が込められる。
私達は互いの距離を無くすように、強く抱きしめ合った。
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