忍足謙也



私、みょうじなまえの朝は常に騒々しい。
何故なら――――



「おはようございます、なまえお嬢様。お目覚めのハーブティーをお持ちしま、したぁっ!?」

どんがらがっしゃんっ!

「…………」

父様の命で私付きとなった執事の謙也がトロくさいから。

「うわ、すみませんっ!すぐに新しいものをいれ直します、あ、いや、その前にここを片付けて、」
「いいから謙也は落ち着きなさい。貴方が焦って動くと、また余計なモノを壊しかねないから。小夜」

ベッドの脇に備え付けられたテーブルにあるベルを鳴らして、親しいメイドを呼ぶ。

「何でしょう、お嬢様」
「悪いけど、ここを片付けてくれるかしら」
「畏まりました。しかし、お召しかえはいかが致しましょう?」
「貴女が片付けてくれてる間に自分でやるわ」

メイドに命じてから、部屋を汚した張本人をねめつける。

「――と、いう訳だから、謙也はさっさとこの部屋から出てって頂戴」
「……はい。申し訳ございませんでした」

項垂れた謙也はすごすごと立ち去った。

「……ったく、毎朝毎朝。次謙也が何かやらかしたら、父様にお願いしてクビにして貰おうかしら」
「……僭越ながら、なまえお嬢様。クビはもう暫く待って差し上げてもよろしいのではないかと……」

クローゼットにある制服を手にしながら、愚痴をこぼすと、遠慮がちに小夜が意見してきた。

「何故?謙也が私付きになってから1ヶ月。快適に目覚められた日がないのだけれど」
「確かに、なまえお嬢様の前では失態続きですけれど、私達使用人の中で、最も頼りになるのは謙也さんなんですよ」
「……そうなの?」
「はい。あの方は細かい気配りが得意なんです。お嬢様に毎朝おいれしている紅茶も、実はお嬢様のご様子に合わせて、種類を変えていらっしゃるんですよ」
「と、言われても、1度もその紅茶を口にしたことはないけどね」

どんなに気を遣ったって、それが相手に届かなければ意味がない。

「きっと謙也さんは緊張されてるんですよ」
「緊張?」
「謙也さんとお嬢様はお歳が近いから。ですから……、」

もう暫くお待ちになっては如何ですか?
謙也さんの優しさがお嬢様に届くまで――



***



「ふぅ……」

それから学校に行ったけれど、この日はやけに1日が長く感じた。

「お帰りなさいませ、なまえお嬢様」
「ただいま……」

普段なら、迎えの車の中で寝るなんてありえないのに、今日は屋敷についてから、運転手の倉田に起こして貰うまで、しっかり寝てしまった。

疲れでも溜まってるのかしら。

「なまえお嬢様、大丈夫ですか?お顔の色が優れぬようですが……」

そんなことを考えていると、出迎えに並んだ使用人達の中から、謙也が歩み寄ってきた。

「大丈夫、だいじょ、ぶ……?」

謙也に答えていると、急にふらつく視界。

「なまえお嬢様!?」

最後に聴こえたのは、焦ったような謙也の声だった。



***



「――……ん、」

ふわりと薫る甘い匂いで目が覚めた。

「お気づきですか、お嬢様?」
よかった、と安堵の溜息を漏らすのは、謙也だった。

あぁ、そういえば帰邸するなり倒れたんだっけ、私。

「医者の見立てでは流行り風邪だそうで、栄養をとって安静にされていれば、すぐ治るそうです」
「そう」

風邪のせいなのだろう、喋ると喉の奥がヒリヒリする。

「なまえお嬢様、宜しければこちらをお召し上がり下さい」
そっと謙也が差し出したのは、程よく温かそうな紅茶。

「……頂くわ」

カップに口づけると、ほのかに薫る優しい花の匂い。
それは私が目覚める時に嗅いだものと同じだった。

「カモミールは風邪の引きはじめに良いと聞きますので……」

いかがですか、と問う謙也に対して、ごく自然に、美味しいという一言と、お礼の言葉が口をついた。

「貴方の紅茶、初めて飲んだ気がするわ……」
「すみません、いつも失敗ばかりで」

率直な感想を言うと、謙也は困ったように笑う。

「なまえお嬢様を前にすると、どうも緊張してしまって……」
「それ、小夜が指摘していたわ。けれど何故なの?」
「何故ってそりゃあ……、なまえお嬢様とは歳も近いし、それに俺かて男やし……」
「何故ってなによ?」

口もとに手をあててもごもご言ってるから、上手く聞きとれない。
訊き返すと、謙也はびくりと肩を震わせた。

「簡単に言うとなまえお嬢様が大変素晴らしい方だからです」

そんなお嬢様に自分をよく見せたくなって、緊張してしまうのだ、と臆面もなく言うものだから、聞いてるこちらが恥ずかしくなった。

「……恥ずかしい人。けど、貴方は変に気張らないほうがいいと思うわ」
「え?」
「いいトコ見せようとして、失敗するんでしょう?だったらそんなコトしなくていいわ。私は毎日謙也が入れてくれた紅茶をちゃんと飲めれば、それでいいから」
「……畏まりました、なまえお嬢様」

謙也は暫く目を瞬かせていたけれど、言葉の意味を解すと、はにかむように笑った。

そのどこか少年じみた表情に、少しドキッとしたのは、内緒の話。



頼りないかもしれませんが、




(なまえお嬢様、おはようございます。本日はラベンダーティーをご用意いた、ぉわっ!?)

がらがっしゃんっ!

((……やっぱりクビにしようかしら……))





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