「好きやで、なまえ」
「なまえ、愛しとる」

先月、晴れて付き合い始めた私と蔵。
付き合う前から薄々思ってはいたけれど、隣に立つこの男、白石蔵ノ介の辞書には恐らく「恥ずかしい」という単語はインプットされていない。

「なんやー、つれへんなぁ。たまにはなまえの口から好きやーとか聞きたいわ」
「煩い、この常春頭」

しつこいくらいに囁かれる愛の言葉を黙殺していたら、拗ねたように甘えてくる蔵。
ここで「えー」とか言いつつ同じように好きという想いを口に出せればいいのかもしれないけど、私にとって、こんな学校からの帰り道で、しかも疎らながらも同じ制服を着た学生がいる時にそんな言葉を口走るのは、公開処刑に匹敵する。
だから、想いの代わりに口を吐くのは甘さの欠片もない毒舌。
蔵も私の性格を知っているからか、多少きつい言葉を掛けてしまっても、「ツンツンやなぁ、なまえは」と呆れたように返すだけで、そのまま私を自宅まで送り届けてくれる。
それがいつもの日常で。
それでいいんだと思っていた。


***


「は?あんたそないなこと白石君に言うてるん?」
それはとある日のお昼休み。
いつもは蔵と一緒に食べるんだけど、その蔵が今日は保健委員の当番だとかで教室にいないから、クラスで1番仲の良い女友達3人とお弁当を広げて雑談をしていた。
女子の話題と言えば、やっぱりコイバナで、蔵の彼女である私は真っ先に槍玉にあげられた。
正直に帰り道毎日のように交わされている会話の流れを話すと、友人全員が驚いたような眼差しでこちらを見る。

「そうだけど?」
「そうだけど……ってそないにさらっと……」

私の顔をまじまじと見返した後、友人たちはお互いに顔を見合わせている。

「……そんなに変なこと言った?私」
「変っちゅうよりもひどないか、それ」
「なんちゅうか白石君が可哀相やわぁ」
口々に言う友人2人に、もうひとりもしきりに頷く。

「なまえってさ、ほんまに白石君のこと好きなん?」
頷いていた彼女がじっとこちらを見て問いかける。

「好き……、だよ、そりゃあ……」
答えにくい問いに口ごもりながら答える私。
というか、好きでもない相手と付き合うわけないじゃないか。

「まぁウチらはあんたが素直やないんも、極度の照れ屋なんも知っとるよ」
「なまえがこっちに越してきたとき以来の付き合いやからね」
尻すぼみになっていった私に、小さく嘆息を漏らして、友人たちは言葉を続ける。
「せやけど、白石君とは今年同じクラスになったばっかやろ?」
「う、ん」
「ちゃんと“好き”ってキモチ伝えへんと、いつか愛想尽かされてしまうで?」
「え……、」

予想もしていなかった言葉に、思わず固まる。

「やって考えてもみ?“好きや”って言った時に、捻くれた態度しかとらん女と、可愛くありがとうとか言える女、2人おったらどっちと一緒にいたいと思う?」
それは、やはり。
「…………後者」
「せやろ?で、なまえの彼氏はあの白石君。モテまくりの白石君がどっかの誰かさんに冷たされて落ち込んどるところを付け狙う女子はぎょーさんおるで?」
「今も保健室で他のコとええ雰囲気になってたりなぁ?」

まさか。
いつも鬱陶しいくらいに愛の言葉を囁くあの蔵に限ってそんなこと。
そう思うけれど、日頃の自分の態度が態度なだけに、絶対大丈夫だとは言い切れない。

「私、保健室行ってくる!」


***


「……はぁ」
昼休み以降、私は溜息が絶えない。
友人たちにあれこれ言われて、向かった保健室で見たのは、蔵と見知らぬ女の子(多分、後輩)が仲睦まじく会話している姿。
私の被害妄想かもしれないけれど、心なしか私と一緒にいるときより楽しそうな蔵。
本当に愛想尽かされてしまったのだろうか。
悶々としながらも、いつもみたいに教室でぼんやりしながら蔵の部活が終わるのを待っていた。

「そないな溜息ついとると幸せ逃げるで?」
「!」

呆れたような声に驚いて振り向けば、教室の柱にもたれ掛かるようにして立つ蔵の姿。
窓の外を見ると、さっきまで大勢の部員が打ち合いしていたはずのテニスコートはもぬけの殻。
物思いに耽るあまり、時間の経過にさえも気づかなかったなんて重症だ。

「昇降口におらんから、探しに来てしもた」
「ごめん、ちょっとぼんやりしてて」
慌てて蔵に駆け寄ると、そっと額に手を添えられる。
「大丈夫か?今日昼くらいからずっと調子悪そうやったけど」
「別に、気のせ……、」
些細な変化に気づいてくれて嬉しいはずなのに、いつもの調子で気持ちとは裏腹な言葉を返してしまいそうになって、口を噤んだ。
脳裏に甦るのは『愛想尽かされてしまうで』という友人の言葉。
「……なまえ?」
「……心配、してくれて、ありがと……」
不審げに見つめてくる蔵から視線を外して、素直な感情を言葉にかえる。
たったそれだけのことなのに、慣れてないせいか滅茶苦茶恥ずかしい。
蔵も鳩が豆鉄砲喰らったような顔してるし。

けど、自分の想いを伝えるならきっと、少しでも素直になれた今しかない。

「あの、ね……。今まで蔵に“好き”って言って貰っても、酷いことしか言えなくて……、ごめん……。あの、えっと……」
1番重要な言葉は、中々音にならず、口篭る間にも顔中に熱が集まってくるのがわかる。
「その、私、も……。わたし、も、蔵のこと、好き、だよ……」
だから。
「だから、お願い、私のこと嫌いにならないで……っ!」

「……阿呆やなぁ」
そう呆れたような声が届いた瞬間、ふわりと温もりに包まれた。

「蔵っ!?」
抱きしめられた、とわかった瞬間、逃れようと抵抗するけれど、蔵の腕の力が強くて全く抜け出せない。
「俺がなまえのこと、嫌いになるわけないやろ?」
耳元で聞こえる声に大人しくなると、蔵の手が小さな子供をあやすみたいに私の背を撫でる。
「でも、素直にならないと愛想尽かされるってみんなに言われたし……、それに蔵、今日のお昼休み、保健室で知らない子と楽しそうに喋ってたから……」

不安になったんだ、と正直に告げると、蔵は身体を離して、あぁ、と少し気まずそうに頬を掻く。

「あの子な、後輩と同じクラスの子やねん」
「後輩?」
「なまえも1回会うたことあるはずやで。黒髪でピアスぎょーさんつけとるやつ」
記憶の糸を辿ると、蔵と付き合い始めたばかりの頃、蔵を探していた私に声を掛けてくれた子が確かそんなナリをしていた気がする。
「その子がどうかしたの?」
「恋愛相談受けててん。あの子からも、財前からも。2人が両思いやって知ってるんは俺だけやから何とかしたりたくて、な」
「そうだったんだ……」
良かった、と思うと同時に嫉妬をしていた自分が急に恥ずかしくなる。
「俺には後にも先にもなまえしかおらんよ」
俯いた私に苦笑を漏らして、蔵はもう1度腕の中に私を閉じ込める。
「俺は、なまえの跳ねっ返りなとこも、少し口が悪いとこも、全部ひっくるめて好きやねん」

それに、とそっとくっついた身体を少し離して、蔵は私の顔をまじまじと見つめる。
「なまえが俺のこと、ちゃんと好きやっちゅうのも知っとるから」
「な、……んで、」
顔から湯気が出るんじゃないかってくらい熱くなる。
「やって、なまえ、俺を見るとき大抵そうやってかわええ顔するから」
「!」
ちょんと鼻先に触れる人差し指。
思わずバカと返すと、バカはあかんでーと抱きしめられた。
蔵の優しさが嬉しくて、でもやっぱり言葉にはできないから、私もそっと背中に腕を回して蔵を抱きしめ返した。


天邪鬼なキミと



(なまえ、大好きやー)
(…………)
(……返してくれんの?)
(……好きだってわかってるなら、言葉にさせなくてもいいじゃない……)
(やけど、俺もなまえの口から好きって聞きたい。やからまた言うてな?)
(…………善処します)






のとぎ様リクエスト、学生、恋人設定で素直になれないけど白石が大好きな女の子と優しくて甘い白石でした。

これでいいんでしょうか……。
相変わらず単なる照れ屋な女の子になってしまった気がしなくもなく……(汗)
文章中では上手く表現できませんでしたが、きっとこの白石はヒロインが好き、と言えない分も口に出して好きと言っているんだと思います。

それでは少しでものとぎ様が楽しめますように。

リクエスト参加、本当にありがとうございました!

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