「はぁ……」
先ほどまできらきらと輝いていた世界が嘘のようにモノクロに見える。
「どうしたん、なまえちゃん?」
生徒会室で深い溜息を吐いていたら、会計の小春ちゃんが心配そうにこちらを覗きこんできた。
「……私じゃやっぱり釣り合わないのかな?」
「……それは、蔵リンとのこと?」
数瞬ぽかんとした表情をしていた小春ちゃんだけど、IQ200を誇る頭脳は私の言わんとしているところをすぐに察する。
彼の問いに頷くと、優しい笑顔で「そんなことあらへんよ」と返された。
「でも、さっき言われちゃったんだ。全然そんな風には見えへんって」
「誰に?」
「クラスの子」
面と向かって直接言われたわけではない。
トイレの個室に入っているとき、鏡の前で喋っているのを偶然聞いてしまったのだ。
『とてもじゃないけど、カップルにはみえへんよねー』
という一言を。

白石君とは付き合い始めて今日で一週間になる。
去年転校してきたその日に出会って一目惚れ。
進級して生徒会執行部に所属するようになってからは小春ちゃんに色々と相談に乗ってもらって、彼の後押しもあってダメ元で告白したのが先週の今日。
いい返事なんて貰える訳ないと思っていたのに、白石君は私の告白を受け入れてくれて、白石君の彼女というポジションに収まった。

「それはやっかみよ。蔵リン狙っとる子は多かったから。みんななまえちゃんが羨ましくてそう言うんよ」
「それはそうかもしれないけど……」
「なんや歯切れ悪いなぁ。他にもなんか言われたん?」

流石小春ちゃん。
人の心中を察するのが本当に早い。
トイレで漏れ聞こえた会話が私の心に重く圧し掛かるのは、単にやっかみを言われたからではない。
多少の僻みや妬みを言われることは、白石君の彼女になった日から覚悟はしていたし。
けれど、『白石君もホンマは迷惑しとるんやない?』なんて言葉を聞いてしまったら、どうしても悩んでしまう。

「何や、それこそなまえちゃんの言う妬みやないの。気にしたら、」
「気にするよ!」
のほほんとした小春ちゃんに思わず声を荒げてしまう。
はっとしてごめんと謝ると、小春ちゃんは気にせんでと言ってくれる。
「なまえちゃんが悩むんはなして?」
「だって……、私たち本当に彼氏彼女らしいこと、全くしてないから……」
呼び方だって『白石君』と『みょうじさん』だし、同じクラスだけど教室内での会話は殆どない。お互いにお互いの友達と話しているか、授業の予習をしているほうのが多いと思う。
付き合い始めてから一緒に帰るようになったけど、その時も手を繋いだことすらない。キスなんて夢のまた夢みたいな状況だ。

「なのに、クラスの子たちが言ってたの。白石君が本当に私のこと好きならもっとべたべたしてそうだよねって……。だから、私……」
口にすればするほどどんどん不安が広がっていく。
白石君に好かれてるわけではないのかもしれないと。
心の重みが増すのに比例して、下を向いていく私の前頭部を小春ちゃんがぺしっと叩いた。

「阿呆やねぇ、なまえちゃん」
「う゛……」
人を小馬鹿になんてしなさそうな小春ちゃんから阿呆と言われ、言葉に詰まる。
「それは蔵リンの表面しかみてへん子たちの意見よ」
「え……?」
「やって考えてみ?あの蔵リンやで?老若男女問わず人を魅せるような人物やから、蔵リン射止めようと勇気を出して告った子はなまえちゃん以外にもぎょーさんおるはずよ。それこそ何人、なんて数やなく何十、何百おるかもしれへんわ」
何百は大げさかもしれないけど、小春ちゃんの言うことも一理あるので頷いておく。
「そんな蔵リンによ?これまで……、なまえちゃんと付き合うまで彼女おらへんかったんは何でやと思う?」

小春ちゃんの台詞に私は言葉を失った。
嘘でしょ、あの白石君が。

「なまえちゃん、鳩が豆鉄砲食らったような顔しとるわ」
「だって……」
どう考えてもモテまくりな白石君なのに。私が初彼女だなんて信じられない。
「ふふ、蔵リンがそれだけ誠実な人やってことよ。
それでもまだ不安ならさっきなまえちゃんが言うてた『彼氏彼女らしいこと』、蔵リンにしてもらえるように頼んでみたらええんやない?」
「えぇっ!?」
「蔵リン、喜ぶと思うわよ。今もなまえちゃん待ってるみたいやしね」
小春ちゃんの指差した先にある窓の外を見てみると、校門にもたれ掛かるようにして校舎を見上げる白石君の姿が。
「嘘、部活はっ!?」
「今日はオサムちゃんの都合でお休みよん」
小春ちゃんの返答を聞き終わるが早いか、私は脱兎の如く生徒会室を飛び出した。


***


「お待たせしました……っ!」
「みょうじさん」
校門で佇む白石君に駆け寄ると、柔らかな笑みを向けられた。
「そない慌てんでも良かったんに。大丈夫や?」
肩で息をする私を気遣うように眉根を下げてこちらを覗き込む白石君。
至近距離で目が合うだけで、ただでさえ走ってきたせいで速い鼓動が更に加速してしまう。
「う、うんっ!」
「そか。なら、帰ろか」
優しい笑顔に戻った白石君に頷いて、彼の隣に並ぶ。
触れるか触れないか、ぎりぎりの距離を保って他愛ない会話を交わす私たち。
だけど、あんまり共通の話題がないせいか、中々長続きしない。

『“彼氏彼女らしいこと”、蔵リンにしてもらえるよう頼んでみたらええんやない?』

微妙な距離と会話の間に思い浮かぶのは小春ちゃんの言葉。
視線は自然と白石君の指先に向かう。

手、繋ぎたいって言ってもいいのかな……。

小春ちゃんは白石君も喜ぶって言ってたけれど。
嫌がられたりしないかな。

心臓の音が煩い。
俯き加減のまま白石君の指と顔をちらちら盗み見る。
「あの、」「なぁ、」

さっきまで無言の間だったのに、偶然話しかけた2人の声が重なった。
お互いの顔をまじまじと見つめ合う。

「なん?」
「いっ、いえ、白石君から先にっ、」

綺麗な顔を間近に見たせいで、自然と顔が熱くなる。

「ええの?やったら……、ひとつ頼みがあるんやけど、」
「?」
珍しく口ごもる白石君に小首を傾げると、白い肌をほんのり紅く染めて頬を掻く。
「その……、『白石君』やのうて、名前で呼んで貰えへん?俺ら、付き合うてるんやし……」
照れている白石君が珍しくて、凝視していると、「あかん?」と眉を下げて拗ねられた。
その様に胸を締め付けられて、私は思わず口を開いていた。

「くらのすけ、君……?」

初めて呼ぶ大好きな人の名前。
私のほうに向けられたしら……じゃなくて、蔵ノ介君の顔がほんのりを通り越して真っ赤に染まる。
普段は同学年とは思えないほど大人びている彼からは想像もつかない表情に驚いていると、ふわりと温もりに包まれた。

「……おおきに、なまえ」

友達や家族には呼ばれ慣れているはずの自分の名前が、まるでちがう何かのよう。
抱きしめられている事も相俟って、体中が熱くなる。

「く、蔵ノ介君……っ!」
しかも今はまだ通行人は少ないけれど、ここは紛うことなく往来のど真ん中。
恥ずかしさから蔵ノ介君の胸板を軽く叩くと、さっと身体が離される。

「すまんっ嬉しすぎて……、つい……」
見上げた蔵ノ介君の顔は、林檎みたいに赤かった。
どうやら小春ちゃんが言っていた、私が白石君の初彼女っていうのは嘘ではなかったらしい。

「せや、みょうじさんもさっき何や言おうとしてた、」
「なまえ」
「え?」
少し焦って言葉を繋ぐ白石君を遮った。
「さっきみたいに、名前、で、呼んでくれたら、嬉しいなって……」
けれど自分で言っていてだんだん気恥ずかしくなってきたため、声がどんどん尻すぼみになってしまう。
結局最後は吐息混じりのか細い音にしかならず、俯いてしまった私に降りかかるのは白石君の甘い言葉。

「そんなんやったらいくらでもきいたるで。……なまえ」

低く囁くような声は私の耳まで紅く染めた。


Close to you



(あの、ね)
(なん?)
(もひとつお願いがあるんだけど……)
(……ええよ、なまえの頼みやったら何でもきくで)
(じゃあ、えと……、手、繋いでも、い?)
(…………おん)
(頷いて、手を差し出してくれた白石君の耳が赤かったのは、私だけの秘密)






もにゃ子様リクエストの付き合いたてでぎこちないカップルの青春っぽい話、でした。
青春……になっているのでしょうか……?
ただ照れまくっているだけな気も……。
青春ならとにかくヒロインも白石もハツカレハツカノ設定でお互いにどう接していいかわからないというイメージにしてみました。タイトルの"Close to you"はそんな2人がゆっくりとお互いを理解して歩み寄って行けたらいいな、という願いを込めてつけています。
しかし初恋設定で書いたら、白石がヘタレになってしまった気がしなくもなく……(汗)
そして前半にでしゃばる小春ちゃん(冷や汗)
こんなですが、もにゃ子様に少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

もにゃ子様、リクエスト参加本当にありがとうございました!
これからもどうぞよろしくお願いします!

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