四天宝寺中学校の体育館。
広い会場内は生徒や教師、それに保護者で埋め尽くされている。
きぃん、という音を立てて司会の教師がマイクに向かう。

『卒業生答辞。卒業生代表3年2組白石蔵ノ介』

そう、今日は別れの日。
先輩たちの卒業式だ。

四天宝寺の聖書というより最早アイドル的存在である白石先輩の名前が呼ばれると、卒業生在校生問わず、女の子たちの感嘆が漏れる。
先輩たちが引退するまでの間ずっとコートに響いていた姦しいものではなくて、大人しい場の雰囲気にあったものだけど。

相変わらずすごいな。

苦笑気味に壇上に上がる白石先輩を見つめる。
外ハネのミルクティーブロンドは体育館の窓から差し込む光にきらきらと輝く。
大勢の観衆の前を堂々と歩く白石先輩は恰好よくて。
数ヶ月前まではマネージャーとして先輩の傍にいたはずのに、今ではすごく遠い存在に思えて少し哀しい。


私がマネージャーとして入部した時には、白石先輩は2年生ながらに強豪テニス部の部長を務めてて。
最初はものすごく出来る人、って感じのオーラがあって正直近寄りにくかった。
けど、話しかけてみるとものすごい気さくな人で。
お笑いに関しては右に出るものがいない一氏先輩に言わせればイマイチらしいけど、時々可笑しなボケをして、私たち後輩を和ませてくれたりもした。
それに、白石先輩は生まれながらの天才ではなくて努力の人だってことも、一昨年の夏、立海戦に敗れて入賞に終わった全国大会のあとに知った。

文句のつけようがないくらい恰好いいのに、時々面白くて。
陰ながら一所懸命努力する白石先輩を私はいつの間にか好きになっていた。
自分の想いには早いうちに気づいていたけれど、私は他の女の子たちみたいにそれを白石先輩に告げる勇気はなかった。
告白して、先輩と後輩マネージャーという、他の子たちに比べると多少なりとも優位な関係を壊したくなかったから。
先輩後輩っていう関係でも、傍にいられるならそれだけでよかった。

けれど、もうその関係も今日で終わり。
明日から先輩はもうこの学校には来なくなる。
新学期が始まれば、高校へ通うことになる。


「……はぁ」
「アホなまえ」
重い溜息を吐くと後ろから財前に小突かれた。
「なに重苦しい溜息ついてんねん。今から先輩たちの追い出し会やぞ。お前がそない辛気臭い顔しとったら先輩らが気にしてまうやろ」
普段の無口な姿からは想像できないくらい饒舌な財前をまじまじと見返すと、「じろじろ見んな」と怒られた。
「2年間、世話になったやろ。俺ららしく先輩らめっちゃ笑わかして送ったろうや」
無愛想で白石先輩にも時々楯突いて、忍足先輩をいじめてばかりいたあの財前の口からそんな言葉が出るなんて。
「……あんたも変わったね、財前部長」
「うっさいわ」

誰しもが変わっていく。
じゃあ私は?
白石先輩がいなくなったあとの学校生活に耐えられるのかな。
白石先輩のことなんて忘れて、他の誰かを好きになったりできるのかな。


***


「…………前言撤回」
財前が変わったなんてやっぱり気のせいだ。
追い出し会の後、みんなでお菓子を食べたせいで散らかった部室の後片付けを全部私に押し付けるんだから。
特に金ちゃんが立ちながら歩きながら、手当たり次第に何でも食べるから、部屋中に食べかすが散らばっている。
がしがしとそれらを箒で掃いていると、制服のポケットからはらりと1枚の写真が舞った。それは先ほどまで続いていた追い出し会の最後に私のポラロイドカメラで撮ったもの。
レギュラー陣全員を部室の真ん中に集めて人数分だけ撮影した。
私が手にしているのはみんなの分とは少し違って、レギュラーの中央に私がいる。
白石先輩が気を利かせてくれて、カメラマンを交代してくれたのだ。
本当は白石先輩と写りたかったけど、大勢の前でそんなこと言えるはずもなく。
私は好きな人だけがいないこの写真を受け取った。

「結局、最後まで言えなかったな……」
白石先輩に好きだって。

言ったら何かが変わったのかもしれないと思うと、少しだけ悔いが残る。
でも、言っても何も変わらなかったかも知れないし。
どうすれば良かったんだろう。

独りきりの部室で白石先輩の事を思い出すと自然と涙が溢れた。
「やだな……」
泣くつもりなんてなかったのに。
誰もいなくなった安心感からか、白石先輩に対する想いが募るのに合わせて熱い雫が頬を伝う。

好き。好き。
白石先輩が、好き。
だから、最後にもう一度だけ。

「会いたいよぉ……、白石先輩……っ!」

「……なまえちゃん?」

私が自分の想いを吐露するのと部室の扉が開けられたのはどっちが先だったんだろう。
わからないけど、驚いて振り向いた先には、目を瞠る白石先輩の姿があった。

「しっ、白石先輩っ!?」
予想もしてない来訪者に、驚きすぎて涙も引っ込む。
「どっ、どうして…!?」
「財前になまえちゃんどこにおるんかって聞いたら部室で片付けしとる言うから、来てしもうた」
「もう、白石先輩。それじゃまるで先輩が私に会いにきたみたいじゃないですか」
何となく寂しそうな笑顔を浮かべる白石先輩に茶化すような口調で返す。
自分自身に期待するなと言い聞かす意味も含めて。

「……みたいやのうて、俺はホンマになまえちゃんに会いにきたんや」
「え?」
入口から一歩ずつこちらに近付いてくる白石先輩。
先輩の一挙手一投足に目を奪われている間に、2人の距離は数十センチまで縮まった。

「伝えようか伝えまいかずっと悩んでたんやけどな、」
照れたように頬を掻いて前置きすると、白石先輩は切れ長の瞳で真っ直ぐに私を捕らえた。

「このまま何もせんで終わるんは性に合わんから、はっきり言うわ」
「は、はい」
テニスをしていた時みたいに真剣な白石先輩の表情にごくりと唾を飲む。
すると白石先輩は綺麗な顔に苦笑を浮かべて、けれどすぐに真面目な表情に戻してわざとらしく咳払いをした。

「みょうじなまえさん。俺はずっとキミんことが好きやねん。やから……、俺と付き合うてくれへんか?」

白い肌を薄桃色に染めて、私を真正面から見つめた白石先輩がくれた言葉に、涙が毀れる。

「やっぱり、嫌か……?」

涙の向こうで困ったような顔をする白石先輩。

嫌じゃない。
そう伝えたいのに、喉が詰まって言葉にならないから、思いっきり首を左右に振った。

「せやったら、この涙は嬉し涙やって思うてもええの……?」
頬に手を添えられて長い指が目尻に溜まった水滴を拭う。
はっきりした視界に映るのは、照れたように微笑む白石先輩。
先輩の問いかけに大きく頷くと、間髪いれずに抱きしめられて。
2人の間にあった距離が一気にゼロになる。

「……おおきに。大好きやで、なまえ」
熱い吐息とともに耳元で囁く低い声。
漸く落ち着きを取り戻した私は、白石先輩に応えるために、自分の胸のうちに秘めてきた想いを音にする。
「わっ、私も……っ、ずっと前から白石先輩が大好きです……っ!」


キミとの昨日にさようなら
今日から始まる新しい2人に
こんにちは







零様リクエスト、先輩白石と後輩マネージャーで切甘でした。

……こんな感じでよいのでしょうか?
リクエストの設定を生かしきれているのかどうか……。
ご希望に沿えていなかったら申し訳ありません…!
そして白石夢なのにすみません、財前が少々でばっておりますorz
因みに財前がヒロインに仕事押しつけたのは、白石とヒロインを2人きりにさせたかったからです。

このような作品ですが、少しでも零様が楽しめることを祈っております。
零様、リクエスト本当にありがとうございました。

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