窓から差し込む西日。
その光を色素の薄い髪に反射させながら、デスクに向かう白石さん。

じっと見つめていると、視線に気がついたのか、不意に彼が顔をあげる。
当然ながら、目が合う。
すると、白石さんは悪戯っぽく笑い、パソコンを指差した。

意図がわからず首を傾げながらも自分のパソコンを見ると、メールボックスに未読メッセージありの知らせがついている。
慌てて開くと、堅苦しい件名の開封メッセージが並ぶ中、1番下に『今日、一緒に夕飯いかん?』という私的なものが。
勿論差出人は白石さん。

『いいですよ』

と、同様にメールで返すと、すぐに返信があった。

件名におおきに、とあるその中身は。

『18時、1Fロビーで待っとって』

こっそり交わす約束に、胸が弾む。
けれど一方で、心の奥に薄暗い染みが広がる。



私があの人に出会ったのは、1年前。
総務課と営業課の合コンだった。

『白石蔵ノ介言います』

自己紹介の瞬間、一目惚れなんてありえないって思ってた私の固定観念を見事に吹き飛ばしてしまった、彼。
私と同じ新入社員が多い中、後輩に頼まれ人数合わせで参加したという彼は、あの時のメンバーでは最年長で、8つ年上。

『なまえちゃん、言うんや』

最初の席替えで偶然にも向かい合わせになり、改めて名乗ると、彼は少し寂しげな顔で、私の名前を口にした。

そんな彼が気になって、機会を見つけては言葉を交わし、親しくなった。
けれど、親しくなればなるほど、時折みせる寂しそうな表情の意味が気にかかった。

私がその理由を知ったのは、この春、晴れて総務課に異動になってから。
彼と同期の先輩から、教えて貰った。

私の名前が、あの人の元カノと同じだってことを。



「……ちゃん、なまえちゃん」
「のぁっ!?」

ぼんやりと回想に耽っていたら、いつの間にか目の前に白石さん。

驚きのあまり、女子らしからぬ奇声が口をついた。
情けないやら恥ずかしいやらで、顔が熱くなる。

「かわええな」

白石さんはそんな私を見て、クスリと笑って、優しく頭を撫でてくれる。

「……子供扱いしないで下さい」
「すまんすまん、あんまりにも可愛えからつい」

口を尖らせる私に、白石さんは苦笑を向ける。

仲睦まじいやり取り。
白石さんがこんな風に、特定の女性と親しくなるのは珍しいらしく、課内といわず他部署の人からも、付き合っているのかと何度も訊ねられた。

その度に、私は曖昧な答えを返すしかない。
今日みたいに2人きりで外食したり、休日にドライブに誘われたりすることはあるけれど、そんなのは、別に恋人同士でなくたってできること。

告白だってしてもないし、勿論、されてもいない。
ただ単に、少しだけ他の人より親しいだけの先輩と後輩。
それだけの関係だから。

それに――……。


「なまえちゃん」

他の人より親しくなったから、気づいてしまった。
白石さんが私の名前を呼んで、私のことをみる度に。

彼が私を通して、別の誰かをみていることに。
今だって切れ長の瞳は、私の向こうを映してる。



「白石さん」
「何?」

食事を終えた帰り道。

「終わりにしましょう」

何を、とは敢えて口にしなかった。
でも、白石さんには通じたらしい。

「ごめん、辛い思い、させたな」
「いいえ。白石さんのせいじゃないです」

好きになった人が、私に他人の面影を重ねてることに気づかないフリができるほど、オトナではなかっただけ。

「今まで、ありがとうございました」

せめて涙をみせないよう、無理矢理表情筋を動かして笑顔を作って、不毛な関係に終止符を打った。



***



それから暫くして、白石さんは地元の大阪支部へ転勤になった。
彼の歓送会に参加したけれど、結局1度も言葉を交わさなかった。

離れたなら、叶わぬ想いもすぐに忘れられる。
そう思っていたのに。
反対に好きな気持ちが募るばかりで。

白石さんの存在で埋められてた心が、ぽっかりと冷たく空いた。


「寒……」

日々、物足りなさを感じる中、残業を終えて、会社のエントランスをくぐる。
私の心を写したみたいに凍てつく夜空に、吐く息が白く咲いた。

「なまえちゃん」

夜闇に私の名前を呼ぶ柔らかなテノール。
この声には2度と呼んで貰えないだろうと思っていたから、思わず自分の耳を疑った。

だけど、声のした方を見れば、そこにはちゃんと白石さんがいて。
驚きつつも、駆け寄れば、すらっと通った彼の鼻筋が、冷たい空気に赤らんでいる。

「いつからこんなトコにいたんですかっ」
「30分くらい前から?」

大阪での仕事終えて、直で来たからな。

そう悪戯っぽく笑う白石さんの瞳は、前とは違ってちゃんと私を映してる。

「何でそんな急に……」
「なまえちゃんに、伝えたいことがあったから」
「私に?」

何ですか、と視線で問い掛けると。


「好きや。他の誰でもない、キミ自身が」


ライトブラウンの双眸が、真っ直ぐに私を捉えて、白石さんがくれた言葉に、涙が溢れる。

「……やっぱり、嫌?」

困惑した声に、首を横に振るしかできなかった。

「なら、その涙はイエスでええの?」

その言葉に首肯すると、温かなぬくもりに包まれた。



紫の君




(代わりだったハズのキミが、唯一のキミになる)



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相模様リクエストの「何年も前の彼女を忘れられない三十路過ぎの白石とそんな白石に想いを寄せる、割と年下なヒロインとの切甘」なお話でした。

白石の三十路過ぎ設定を活かしきれず、本当に申し訳ありません(>_<)
一応ヒロイン23〜24歳、白石31〜32歳のつもりです。

そして切甘になってますかね…。
何をどう足掻いても、白石が酷い男にしかならず、ぼかす意図もあって、ヒロイン視点にしてみたのですが、そうしたら白石の昔の彼女へのこだわりがあまり表に出ずに終わってしまうというorz

補足しますと、ヒロインはちょうど白石と別れた時の元カノと同じ年頃で、名前と雰囲気がそっくりなコでした。
だから、いけないと思いつつも、彼女の面影をヒロインに映してしまう。

ちゃんと本文中でこれらのことを表現するべきなのですが、私の筆力不足で、すみません(汗)

相模様のご要望がございましたら、いつでも何度でも書き直し致します。

それでは、最後にリクエストして下さいました相模様に最大限の感謝を捧げますとともに、少しでもお楽しみ頂けることを願っております。



羽澄 拝

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