「この成績、どう思いますか?」

苦笑いのアコール先生が差し出したわたしの成績表。ぷよの成績は良いけど、魔導の成績は…怖くて見れない。わたしが右半分の魔導の成績を見ないように目を逸らしていたら、アコール先生にばれて、成績表そのものをずらされた。ちーん。わたしは本当に魔導師なのか。

「…どう思いますか?」
「…ぷよは、」
「ではなくて、魔導です」
「……悪い、です」
「そうですね、少し悪いです」

アコール先生がこんなことを言うのは、本気でやばい生徒だけだ。というのも、わたしの一族が得意とする天気を操る魔法を、わたしは全く使えない。前に一つ、奇跡的に小さな雲を出せた時に、優しいアコール先生はAをくれたが、本当にダメダメで、褒め上手のアコール先生が褒めるところを見付けられないレベルの今期の成績は…まあどん底。あるのは出席と意欲のみ。

「でも、天気の魔法は大変難しいものだし、少し魔法の苦手なあなたができなくても、焦ってはダメですよ。一緒に頑張っていきましょうね」

焦るような言い方をしてきたのはアコール先生じゃないか、とは言えない。一対一の教室、わたしもアコール先生も黙ってしまうと、しんと静かで居辛さが増した。

「そんなに気を落とさないで下さいね。今日も補習の授業をしましょう」
「はい、すいません…」
「とは言っても今日は、別の先生を呼んでいるんです」
「へ?」
「どうぞ」

アコール先生がそう言うと、教室の扉ががらりと開いた。入ってきたのは、隣町のエリート魔導学校の中でも天才と呼ばれる、彗星の魔導師。レムレスだ。

「やあ、こんにちは」
「こ、こんにちは」
「僕はレムレス。今日は君の補習の先生をさせてもらうよ」
「レムレスさんは学生だけど、とても優秀な魔導師だし、学生同士の方が気持ちもわかるんじゃないかと思って、お願いしました。では、終わったら言いに来て下さいね」
「はい」

にこにこして出ていくアコール先生を、手を振って見送るレムレス。ぽかんとしていたら、レムレスの視線が机の上の紙に向いた。わたしのぼろくそ成績表。

「見ても大丈夫?」
「う、うん」

レムレスはぺろっと成績表を手に取り、しばらく眺めたあと、にっこりして顔を上げた。

「ぷよ勝負は強いじゃないか。僕と、勝負してみない?」
「レムレスと?」
「そうすれば君の魔法も見れるし」

ぷよ勝負でなら、わたしも魔法が使える。ぷよを連鎖で消すことで魔力が増幅されるので、大連鎖すればするほど魔法が使いやすくなるのだ。言い換えたら、連鎖のドーピングがなければ、わたしは魔法が使えない。

「いいかい?」
「…わかった」

レムレスとのぷよ勝負が始まった。わたしは順調にぷよぷよを積み上げ、連鎖を組んでいく。ちらっと横を盗み見れば、レムレスも素早く連鎖を組み上げていた。もう少しで目標の連鎖が完成、というところで、一足先にレムレスが連鎖を始める。5連鎖程度の連鎖だったけれど、すでにぷよが積み上がっているわたしのフィールドは、相殺もできずにおじゃまぷよで埋もれた。

「もう組み上がってたよね。どうして消さなかったの?」
「まだ、あと少し連鎖を伸ばしたら消そうと…」
「そんなに時間をかけなくても、相殺するくらいの連鎖はできていたと思ったけど。判断ミスかな?もいつもそんな博打勝負をしているのかい?」
「いつもはもう少し早く消しちゃう。レムレスが相手なら、いつもの連鎖じゃ足りないと思って」
「もう一回やろうか」

しかしもう一回やっても結果は同じだった。同じミスをした自分が悔しくて俯いていたら、レムレスが笑った気配がした。

「なんとなくわかったよ」
「なにが?」
「君はどうしてそんなに大連鎖を狙うんだい?」

答えではなく、逆に質問が返ってきた。顔は見てないけど、レムレスは絶対笑ってる。わたしは自分のブーツの、少し擦り減ったつま先を見詰めた。答えずにいたら、先にレムレスから答えが返ってきた。

「それは一回で勝負を決めるためだ」
「っ、」
「魔法に苦手意識があり、失敗するのが怖くて、でも連鎖のフィニッシュは魔法を使わなきゃいけない。小刻みに連鎖しないのは失敗のリスクを減らすため」

なんで、こんな短時間で全部ばれてる。大きな連鎖をすれば魔力も増幅されて失敗も減るし、その一発で勝敗をつければ魔法を使うのは一回ですむ。だからぷよ勝負だけは強くなったのだ。何も言い返せずに、顔も上げられずにいると、レムレスがしゃがんで、わたしの顔を覗き込んだ。

「君は本当に魔導が好きかい?」
「え…」
「得意になるはじめの一歩は、好きになることだよ。君が魔導を好きになれば、自然にそれは君の力になる」

レムレスはにっこり笑っていた。正直言うと、わたしは魔法が好きではない。失敗して恥ずかしいし、練習してもできるようにならないし。悪い気持ちが連鎖して、わたしはどんどん魔法が嫌いで苦手になったのだ。

「…いまさら好きになんて、どうやってなればいいの」
「簡単だよ、楽しめばいいんだ。魔法は自由で楽しいものだよ」

レムレスが杖を振ると、机にぽとぽととおいしそうなお菓子が落ちた。さっきはこれで散々おじゃまぷよを降らされたのだけど、なるほどこう見たら可愛い魔法だ。

「君は代々、天気を操る魔法を使う魔導師の一族らしいね。でも、受け継がなきゃいけないなんてことないよ。自分で自分の好きな魔法を作ったっていいんだ」
「でも…わたしは家族が使う天気の魔法を見るのが、小さい頃から好きだった…そう、わたしは元々この魔法が大好きだったんだ。好きな時に雪を降らせたり、お日さまを照らしたり。でも難しい魔法で自分に使いこなせないから、嫌いになってしまったの」

思い出した。わたしが興奮して言うと、レムレスも嬉しそうに笑った。でも。

「でももしまた失敗ばかりしたら、」
「そんなことは考えなくていいんだよ。君が初めに失敗した時より、君の魔導力は強くなって、成長しているはずだ。あとは、その魔法が好きで、絶対に成功したい気持ちがあれば、失敗しないから」

わたしとレムレスは教室から、曇り空の外に出た。みんな授業は終わって帰ってしまったので、人はいない。

「さあ、深呼吸して。やってごらん」

深呼吸して。わたしは頭に思い浮かべた。小さな頃に大好きだった、お母さんの晴れの魔法。今ならきっとうまくいく気がした。両手を空に向けて、少し怖いから目をぎゅっと閉じて。両手からありったけの魔導力を、晴れの魔法の呪文と共に空に放った。

「………、どう、レムレス?」
「目を開けて、自分で見てごらん」

恐る恐る目を開けると、そこには晴れ渡った青空が広がっていた。見事に太陽が照らしている。わたしの好きな、魔法。

「でき、た、」
「すごい魔法だ。本当は、こんなにすごい魔導力を秘めていたんだね」
「レム、レスぅ…!」
「うん、よく頑張ったね。記念にたくさんのあまーいお菓子でパーティーをしようか?」
「する、!」
「でもその前に、アコール先生に報告に…」
「その必要はありませんよ、見えていましたから」

声のした方を見ると、校舎の方からアコール先生が歩いてくるのが見えた。

「素晴らしい魔法でした。今期の魔導の成績は文句なしのSですね」
「ありがとうございます!」
「お礼なら、レムレスさんに。それに、私からも言わせてちょうだいね。ありがとうございます」
「ありがとう、レムレス」
「やだな、僕は何もしてませんよ」
「ねえレムレス、もう一回ぷよ勝負してくれない?」

照れたように、戻っていくアコール先生に礼をしていたレムレスのマントを引っ張る。こっちをむいたレムレスは、ふふっと微笑んだ。

「もちろんいいよ。レッツ?」
「ぷよ勝負!」



パステルカラーの爪先で駆け抜ける


「……大丈夫?」
「うん…今度ははりきりすぎて、さっきより大連鎖を組んじゃって」
「それはもう、君の癖になってるみたいだね。でも、魔導が得意になるにつれて、きっと直るよ」

苦笑いしたレムレスに、ばたんきゅー状態から助け出される。結局勝てなかったけど、さっきよりも断然ぷよ勝負を楽しめた。わたしの心は、今の空のように晴れているように思う。

「さあ、それじゃあささやかなパーティーをしようか」

レムレスが杖をかざしたとき、校門の方からクラスメイト達が走ってきた。

「みんな、どうしたの?」
「今、学校の方からすごい光が見えて、空が晴れたから、何があったのかと思って…」
「もしかして…あなたの魔法?」
「魔導の授業は万年補習のきみがまさかとは思ったんだけど、」
「わたし!わたしがやったのよ」
「やっぱり?すごーい!」

ぎゅっと手を握って、飛び跳ねて喜んでくれるアミティ。疑いの目を向けるラフィーナとクルーク。

「本当だよ?」

二人に向かってレムレスが言うと、二人は驚いた顔をしたけど、認めてくれたようだった。

「さあ、人も増えたところで、パーティーにしよう」
「わあ、お祝いのパーティー?やったー!レムレスのお菓子だねっ!」

晴れた空の下、みんなでわいわいと準備をする。わたしも、魔導学校にいるのに魔導が苦手という最大のコンプレックスを解決して、久しぶりにすごく楽しかった。準備が終わってみんなでお菓子を食べていると、キャンディーを片手に持ったレムレスが、わたしの肩にトン、と自らのそれを当てた。

「魔導もぷよ勝負も、君はこれからもっと強くなるね」
「今度は絶対にレムレスに勝つね」
「楽しみにしてるよ」
「本当にありがとう、レムレス」

わたしがにっこり笑うと、レムレスも楽しそうに笑った。

「お礼はその笑顔で十分だよ」
「え?」
「君の笑顔は太陽みたいだね。見ていたら、楽しくなるよ。そんな君の笑顔を取り戻す手伝いをさせてくれて、ありがとう」

あれ、わたし、どうしてお礼を言われたんだろう。とにかく、なんだか恥ずかしくって、わたしはみんなの方に戻った。やっぱり顔を見なくても、今レムレスが笑ってるだろうことは、もうはっきりわかった。


title by 幸福
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