わたしの目の前には、ここ魔法の国の王様である、平八という男が座っていた。もっと詳しく言うと、やるべき仕事が山積みの机で、呑気にゲームをして楽しそうに笑いながら、座っていた。わたしはこの男を見張る、秘書という名のお目付役。その目の前で堂々とゲームとは、舐められたものである。

「王様。仕事して下さい!!」
「えー、ちょっと待ってな、このゲームクリアしてから」
「それ、いつです?」
「んー、さっき始めたから何日かあと、あーっ!!!」

ゲームを取り上げれば、王様は子どものような顔でむくれた。

「返せよー!」
「仕事終わったら、ですね!」
「お前なんか魔王の力でなぁ…」
「ポピィくん呼びますよ」

魔法の言葉、ポピィくん。大人になってますます強くなったエガオンに勝てる悪者は、この国にはいない。いろんなことが吹っ切れてからのポピィくんは、とっても強かった。ただ性格の問題なのか、いろんな人に付きまとわれ、苦労は尽きないようだけど。この王様の監視も元々はポピィくんの仕事の一つだったのだけど、あまりに多忙な彼からわたしが引き継いだのだった。

「頑張って下さい。この書類まで終わったら、テレビ収録ありますよ!」
「仕方ねぇな、やりゃーいいんだろ…」

やれやれと書類に目を通しはじめる王様。テレビの収録は大好きなので、ご褒美として使える。

「なあ」
「はい?」
「お前、いつから俺様に敬語だっけ?」
「なんですか急に」
「昔はタメ口だったじゃん?ポーちゃんみたいにさ」

確かに、出会ってからずっと、平八が王様になってからも、わたしはタメ口だった。ニャンコハウスのみんなは当然のようにタメ口だったから、一緒に暮らしていたわたしも自然にそうなったのかな。それとも、敬意を示すべき相手じゃないと思ったのかな。長い付き合いだから、覚えてないや。

「敬語は秘書を始めてから。二年前からですかね」
「そっかそっか、もう二年かぁ。早いもんだなぁ!」
「手、止まってますよ!」
「別に秘書でもタメ口で良くねぇ?ていうか俺様別に気にしないし」

サラサラと手を動かしながら、ブツブツと言っている王様。

「もうわたしも大人なのに、上司にタメ口はさすがにちょっと駄目だと思うんですけど…」

そうつぶやいたとき、部屋の扉がノックされる。王様の執務室、用事がある時はだいたい仕事が増える時。王様は嫌そうな顔をして、見て来るようにわたしに指示した。モチベーションを下げられても困るので、立ち上がって扉を細く開ける。

「…あ、ポピィくん!」

立っていたのはポピィくんだった。エガオンの格好でもなく、いつものカチッとしたスーツでもないので、恐らく今日の仕事は終わったのだろう。としたら、仕事の追加ではなく、単純に遊びに来た可能性が高い。王様も喜ぶだろうと彼を招き入れた。

「おっ、なんだポーちゃんかよ!」
「すげー、珍しい…平八が仕事してる」
「俺様やるときはやる男だから!ってかポーちゃんは相変わらずタメ口だな」
「平八に敬語とかもったいないだろ」

王様への辛辣さは昔から変わらないポピィくん。王様はちょっとしゅんとして、仕事に集中した。

「ポピィくん、仕事終わったの?」
「いや、今日は休みなんだ。チャチャとリーヤの新居ができたって言うから見に行ってきた」
「あ、また壊して建て直したんだってね!よくやるよ」
「ホントだよな」
「で、どうだった?」
「また壊れてた」
「えー…」

結婚したチャチャとリーヤ。何度家を建てても壊すチャチャは、もはや家レベルの模様替えを楽しんでいるんじゃないだろうか。売れっ子画家になったリーヤの収入をものすごい勢いで消費してしまうのだ。

「あ、でも来てくれたからってリーヤの個展の招待券くれたんだ。一緒に行くか?」
「行く行く!いいの?」
「ああ、元々チャチャもそのつもりだったのか、二枚くれた」
「しいねちゃんは?リーヤの個展だと行かないかな?」
「しいねちゃんは例の薬の精製がし修羅場らしい。ユーリンとリーランに邪魔されてヤバイとか」
「あらら…」

世界一の魔法使いになったしきねちゃんは、育毛剤を作って大ヒットしていた。リーヤよりもお金持ちかもしれない。そしてユーリンとリーランはセラヴィーさんとどろしーちゃんの双子の子ども。可愛らしい顔をしているけど、いわゆる悪ガキだ。

「お前、いつ空いてる?」
「今週末なら」
「じゃあ、その日に」
「うん、楽しみ!」
「ああ、じゃあ今日の用事はそれだけだから、またな。平八、サボんなよ」

手を振って出て行くポピィくん。

「上司が頑張ってる横でデートの相談とはねぇ」
「デートじゃないです…って、あれ、終わってるじゃないですか、書類!」
「俺様本気出せばこんなもん」

ふふんと笑う王様。時計を見ると、収録まではまだ時間があった。

「時間余りましたね、なにかお菓子でも持ってきます。あ、ゲームもお返ししないと」
「ゲームも菓子もいいから、ちょっと話し相手になれよ!」

部屋を出かけていたわたしを呼び止める王様。珍しい。

「本当にゲームもいいんですか?」
「いいっての!はい座る!」

机の脇のソファーに、王様に向かい合うように座らされる。フカフカ、さすが王様のソファー。

「話が戻るけどさー、ポーちゃんも未だにタメ口じゃん?タメ口に戻せば?」
「妙にタメ口に拘りますね」
「だってさー、距離置かれてるみたいで寂しいワケよ!まあタメ口なしにしても、名前くらい良くねぇ?なんつって」

王様になっても誰にもフレンドリーな平八。それでも苦労はいろいろあるだろう。わたしは秘書という立場なのだから、彼を支えなければならない。寂しがらせるのは、良くないだろう。

「……でも今さらだからなんか…照れ臭い…」
「いーからいーから!」
「…平八」

王様は嬉しそうに笑う。

「懐かしいな!」
「公共の場では呼ばないからね」
「秘密っぽいのもドキドキするな…!」

子どもみたいなことを言っているけど、元気になったので、まあ良かった。

「ところでさ」
「はい?」
「お前、ポーちゃんとどうなの?」
「………はあ?!」
「だってしょっちゅう一緒にいるだろ?さっきもデートの約束してたし」
「一緒にいるのは平八のが長いし、デートじゃないし!元々一緒にニャンコハウスに住んでたんだから、そんな気持ちは…」

もちろんポピィくんは嫌いじゃない。好きだ。けどきっとそういう好きじゃない。それより、平八にそんなことを言われるのが気に食わない。

「なんでいきなりそんなこと」
「ずっと気になってたんだよな!お前が好きだとしたら、ポーちゃんが俺様かどっちかだろうって」

楽しそうに、なんてことを言い出すのか、この王様は。一人称通りの俺様。

「なあ、ポーちゃんじゃないなら俺様のこと好きだろ?」
「へ、平八はただの上司で」
「それがホントなら俺様の目を見て喋れよな」
「み、見てます」
「目が泳いでんぞー、それに敬語戻ってんぞー」
「別に好きな人はいない…」

悔しくて目線を合わせてみたら、顔が真っ赤になってしまった。笑顔の平八に腹が立つ。

「じゃあこれから俺様が頑張るから、好きなの認める気になったらさ」
「な、なに?」
「王妃になってくれよ」

「え、えと……」


Unfortunately,
it's time to work!!!



「俺様一世一代のプロポーズを、そりゃねーぜ!!」
「うるさい!テレビの仕事なんだから、遅れたら大変なんです!」
「ま、それも照れ隠しとわかりつつ寛大に待ってやるのが、王様の余裕ってやつだよな」

まじぶん殴りたいくらいムカつくけど、あながち間違いじゃないから困ったものだ。


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