わたしと水谷、二人きりの部屋に、サイレンの音が響く。夏の甲子園、三日目。わたし達の目指していた舞台で、それぞれ勝利と敗北に泣くチームが、テレビに映っていた。その舞台へ行くこともできなかったわたし達には、その敗北の涙さえも羨ましい。それはもう、死ぬほど甲子園に行きたかったのだ。そのためなら徹夜のビデオ研究も、炎天下に長距離自転車を走らせ買い出しに行くのも、遊ぶ時間なんて全くないことも、全然構わなかったのだ。しかしわたし達は、負けた。これはもう動かない事実だ。それでも未練タラタラで甲子園の中継を見るわたしは、気持ちの切り替えが下手くそ。みんなはすでに次の試合に向けて、動き出している。水谷は試合の終わったテレビにもう興味はないようで、本来の目的であった宿題に黙々取り組んでいる。真剣に勉強するなんて珍しい。負けたことで何か成長したんだろうか。と、思ったけれど、当然そんなことはなかった。勉強の邪魔になったら悪いと思って、テレビを消すためにリモコンに手を伸ばすと、水谷があっ、と声をあげ、目がその手の動きを追った。

「…何」
「いや…インタビュー見ないのかな〜と思って…」
「や、水谷が真剣に勉強してたから、うるさいかなって思って…」
「う、うるさくないから、点けとこうよ」

わたしの手からリモコンを取って、机に戻す水谷。本当は勉強に集中なんて、していなかったのだろう。時折ちら、と横目でテレビを見ているし、ペンは全然動かないし、耳はテレビの音に集中していたに違いない。思えば、当然だ。わたし達マネージャーよりも、彼ら選手の方が、甲子園にかける思いは一層強いはず。口では気持ちを切り替えたって言ったって、甲子園の中継なんか見たら嫌でもあの予選で負けた日を思い出すだろう。わたしはやっぱりもう一度リモコンを掴んで、今度こそテレビを消した。

「ああっ」

水谷が顔を上げた。でもわたしの顔を見て、それ以上何も言わなかった。多分わたしは、泣きそうな顔をしていた。わたし達はしばらくお互いに何も言わず、宿題に本当に集中した。部活の合間にやっていたため、そんなにたくさん残ってはいなかったので、わりと早く終わりが見えてきた。

「…なあ」

ラストスパート、という時に、水谷が言った。

「悔しかったな」

彼の頭はまだ甲子園と予選敗退をさ迷っていたらしい。さっきから少ししか進んでいない、水谷の前に置かれた宿題を見つめる。水谷の表情…は、見なくてもわかる。

「…うん」
「俺、自分が甲子園で戦えないことも悔しかったけど、それよりも君を甲子園に連れていけなかったのが悔しいんだ」

あれ。阿部に怒られている時みたいな顔をしてると思っていたのに。水谷は思いの外真剣な顔で、真っ直ぐわたしを見ていた。甲子園に連れていくなんて、くそう、水谷の癖にかっこいいこと言うじゃないの。

「ばか。まだチャンスはあるでしょう」
「ばかって言うなよぉ!」
「じゃあ、もう終わったみたいな言い方しないで。来年は連れてって、甲子園」
「…お、おう!」

目の色が、変わる。ああ、なんだか、これか。気持ちの切り替え。踏ん切りがついた気がする。気持ちの整理は意外に簡単な一言でついてしまうものらしい。

「ならまずは、もっと選球眼を磨かなきゃね。バッティングだってムラがあるし、フライ落とすなんて以っての外」
「うっ…フライ落としたのは一回だけだろー…」
「一回負けたら甲子園はないんだから」
「まあ…そうだけどさ」
「期待してるよ水谷」

そう言うと、ふにゃっとした笑顔で任せとけ!と胸を叩いて、むせた。これ以上ない程見事に頼りない「任せとけ」だけど、そんな水谷に夢を預けてみてもいいかな、と思った。

水谷くんと
なつやすみ
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