田島くんに出会ったのは、高校一年の一学期。グラウンドの近くを通った時に、ころころと転がってきた野球ボールをわたしが拾い、田島くんがそれを追いかけてきたのがきっかけである。田島くんとクラスは違ったけれど、その次の日のお昼に田島くんはわたしのクラスを探して、お礼にとあんパンをくれた。9組から一クラスずつ見てきてくれたようだけど、わたしは1組だから時間がかかっただろう。ありがとうと笑うと、田島くんも顔をくしゃっとして笑った。それからこれは、田島くんが自分の教室に帰ってから気付いたんだけど、あんパンの袋の裏にふせんが貼ってあって、そこに田島悠一郎という名前とメールアドレスが書いてあった。それからわたし達はちょこちょこメールをしたりする友達になった。

その関係が友達以上になったのは二年生の秋ぐらい。二年でもクラスが違って、でもよくお昼を食べにうちのクラスに遊びに来たりしていた田島くんは、それからは毎日来るようになった。田島くんはいつもお弁当を昼前に食べてしまうので、購買からの帰り道にわたしのクラスに寄っていく。わたしは未体験なのでよくわからないけれど、購買は戦争だと、毎日戦っている田島くんは言っていた。成果は日によってまちまち。いい日は人気のアップルパイやあんパンや、すぐ売り切れてしまうおにぎりを持ってくるし、駄目だった日は小さい方のカロリーメイト一箱とかで戻ってくる。そういう日はわたしがおかずを分けてあげたりで、なんだかんだ楽しく食べていた。登下校が完全に野球部の時間帯な田島くんと一緒にいられる唯一の時間、お昼休みは幸せな時間だった。

それから一年とちょっとが経ち、わたし達は受験生になった。いや、正確には、わたしは、だ。田島くんはそのままプロ入りするのだ。わたしの目指す大学は、結構有名な難関大学で、毎日わたしは図書室で勉強して帰った。窓際の席からは、グラウンドで後輩に混じって練習している田島くんが小さく見えた。プロになってしまうなんて、嘘みたいに、田島くんは今までと変わらない。一年や二年の時と変わらず、太陽の下、白球をひたすら追いかけている田島くんは、最高にかっこいい。

でもわたしは、雨の日の方が好きだった。雨の日は、田島くんが図書室に来てくれる。勉強するわたしの正面に座って、野球の雑誌を読んでいるのだ。図書室の小さめの椅子に、体操座りや胡座で小さくなって座っている田島くんは、可愛い。わたしは田島くんが来てくれた日も、ひたすら黙々と勉強をするのだけど、田島くんは静かに終わるまで待ってくれる。テスト勉強の度に邪魔をしてきた彼が、目覚ましい成長である。それどころか、たまに紙パックのジュースを差し入れしてくれたりする(本当は図書室は、飲食禁止なんだけど、持ち込んだってばれやしない)。わたしが田島くんの野球を応援したように、田島くんもわたしの受験を応援してくれるのだそうだ。素敵な彼氏を持てて、わたしは幸せ者だ。








「なあ」

夕立で練習がなくなった、ある秋の日。いつも黙っている田島くんが、珍しく雑誌から顔を上げて、わたしを見ていた。

「なに?」
「受かれよ」

アメリカで活躍する日本の野球選手の特集のページをパタンと閉じて、田島くんはじっとわたしの目を見つめる。田島くんの目力は強い。ぐりぐり大きな二つの目が、わたしの視線を捕らえて離さない。

「う、ん」
「そしたらさ、俺、球団の新しい仲間に、俺の彼女あそこの大学行ってんの!って自慢する!」
「やだ、プレッシャーかけないでよ!」
「ぜってぇ大丈夫、お前はプレッシャーなんかには負けないよ!だって俺の彼女だもん」
「なにそれ、」
「9回裏ツーアウト満塁でワクワクするタイプってこと!」
「そんなの、田島くんくらいだよ!」
「だから俺の度胸、やる!」

田島くんはギュッとわたしの、シャープペン手を持ったままの右手を、両手で握った。素振りでできたたくさんのタコがある、だれよりも頼りになる田島くんの手だ。

「これと、たくさん勉強したっていう自信がありゃ、ぜってー受かる!」
「ありがとう…田島くん」
「その田島くんも、もーナシな。んー…悠くんでどーよ?!」
「…じゃあ、受かったら」

そう言うと田島くんは、えーそれは今でもいいのに!と口を尖らせてから、また雑誌を開いた。わたしがしばらくそれを見ていたら、勉強しろ!と怒られた。田島くんには言われたくないと思いながらも、わたしも赤本に目を戻す。度胸は田島くんにもらったから、後はたくさん勉強した自信。これは自分で頑張るしかないのだ。大丈夫、今のわたしは、何でもできちゃいそうな気持ちなのである。



度胸と自信と

それから隣に田島くんがいてくれさえすれば。




もみじさんへ
10000打企画参加ありがとうございました!大変お待たせして、申し訳ありませんでした!
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