花井くんは背がたかい。わたしは背がひくいから、花井くんと話をするときはわたしが見上げるかたちになる。並んで歩いても、頭いっこぶんも身長差があるせいか、歩幅も合わない。けれどやさしくて気遣い上手の花井くんは、歩幅を合わせてくれる。わたしは背がたかくて、やさしくて、とても頼りになる花井くんが大好きだ。
今日は花井くんと、近所の神社の夏祭りに行く約束をしていた。お母さんに着付けをしてもらって、浴衣を着る。お母さんのお下がりのかわいい朝顔柄の浴衣は、おばあちゃんに買ってもらったもので、本当はとても値の張るものらしい。浴衣に合わせて髪をアップにして、かわいい巾着と下駄も出してきて、気分はるんるんだ。約束の時間が待ち切れなくて、わたしは下駄を鳴らしながら、早めに待ち合わせの場所に向かった。しかしそこにはすでに、花井くんが待っていた。いつもの制服じゃなくてオシャレな私服で、でもいつもの眼鏡はかけたまま。野球をするときの眼鏡を外した真剣な目も大好きだけど、眼鏡をかけた知的な花井くんも大好き。総合すると、花井くんが大好き。あれ、さっきも思ったのに、同じことまた考えてる。わたしどれだけ花井くんのこと好きなんだろ。
「花井くーん」
「おう、って…」
携帯をカチカチやっていた花井くんは、わたしの声で顔を上げて、そして固まった。わたしは得意げにくるりとその場で回ってみせる。巾着がぴょんと跳ねて、下駄がカランと鳴った。
「ゆ、浴衣…」
「似合う?」
「あ、ああ」
ちょっと照れながら頷いてくれた花井くん。花井くんはかっこいいだけでなく、こんなかわいい一面もあるのだ。
「ありがとう!」
花井くんにそう言って欲しくて着てきた浴衣なんだから、大成功!わたしはにっこりして、花井くんの隣に立った。
「ところで花井くん、来るの早いね」
「お前こそ」
「待ちきれなくって!」
「あー…俺も」
花井くんがわたしの手を握った。やだ、緊張して手汗かいてないかな、大丈夫かな、色々考えてる間に花井くんにくいっと手を引かれた。
「行くぞ」
「うん!」
他愛もない話をしながら、わたし達は神社に向かった。神社に近付くにつれて提灯が灯り、浴衣姿の人やおいしそうな匂い、お祭り独特の雰囲気が高まる。
「何から食べよう?」
「そうだな、俺たませんが食いてえ」
「いいね!じゃあその後かき氷ね」
元々お祭りは好きだけど、花井くんと一緒だとますます楽しい。はぐれないように繋いでいてくれる手が幸せ。はぐれたとしても、花井くんは周りより背がたかいから、見つけやすいけど。
存分に夏祭りを楽しんで、わたし達は神社から近くの河原に移動していた。今日は花火大会があるのだ。お祭りの人混みから離れて、静かな道を歩く。わたしの下駄の音が響く。と、規則的に聞こえていた下駄の音が、カラン、と止まった。
「、どうした?」
立ち止まったわたしを花井くんが振り返った。
「鼻緒が切れちゃった…」
わたしは片足立ちして、鼻緒の切れた下駄を拾い上げた。なんとか直そうとしたけど、うまくいかない。泣きそうになったわたしの頭を、花井くんの大きな手がぐしゃぐしゃと撫でた。
「おぶってやるから」
「ほ…ほんと?わたし、重いかも…」
「どこがだよ、そんなほっそいくせに。それに、毎日鍛えてっから」
花井くんはこっちに背中を向けてしゃがんだ。わたしはちょっとだけ躊躇してから、はしたないけど浴衣を少し捲り上げて、花井くんの首にしがみついた。立ち上がった花井くんの背中から見る世界は、わたしの普段見ている世界よりも随分高く新鮮だった。
「やっぱり、軽いじゃん」
花井くんはゆっくりと歩き出した。花井くんの背中が、いつもより大きく感じる。嬉しくなって、わたしは腕の力を強めた。しかしそのとき、きらきらの光と大きな音が響いた。反射的に空を見上げると、花火が上がっていた。
「あー、始まっちまった!」
「いいよ、見えるもん。ゆっくり行こうよ」
わたしはぎゅっと花井くんの耳に頭を寄せた。わたしが普段見るのよりも近くで、しかも花井くんの背中で、花火を見られる。最高に贅沢な、わたしの特等席だ。
「花井くん、今日はありがとう」
「なんだよ、急に」
「来年も、花井くんと来たいな」
「…おう」
赤くなった花井くんの耳。こんなに近くで見れるのはわたしだけだ。わたしは、花井くんが好きで、幸せ。
君と世界を共有できる幸せ