わたしは町で薬屋をしている。昨年の冬に両親を亡くして、今は一人で店を続けている。町の人達は顔見知りだし、みんな優しいので、あまり不自由もなくやっていた。

そんなある日、男性の二人組のお客さんが、店にやって来た。背の高い人と、小さくて少し太った人。わたしがいらっしゃいませと言う前に、背の小さい方が小刀を出して、わたしにつきつけた。背の高い方が、意地悪く笑って、袋を差し出す。

「大きな声を出すなよ。この店にある金と毒薬を全て渡せ」

どうやら、うちが娘一人でやっている店だと知っていて、来たようだ。いつか、狙われるかもしれないとは思っていたけれど。わたしはキュッと拳を握った。

「ふざけないで下さい」
「は?」

一瞬ぽかんとした背の小さい方の手から、小刀を抜き取る。

「女一人だからって、舐めないで。お金を払わない人に渡す毒薬なんて、うちには置いてないわ」
「なっ…てめ…!」

背の高い方が、着物の懐に手を入れた時、店ののれんが揺れた。背の高い男ははっとして、取り出した刃物を隠す。

「こんにちは、傷薬はあるかい?」
「あ、はい…」

関係のないお客さんを巻き込む訳にはいかないので、手早く薬を用意する。男達もこの場を穏便にやりすごそうと、少し脇に避けた。その男の腕を、突然、お客さんが掴んだ。

「これ、何だ?」

にっこり笑ったお客さんに掴まれた背の高い方の男の手には、苦無が。ぬらりと光るそれには、毒が塗ってあるのだと気が付いた。男達もわたしも、笑顔のお客さんを呆然と見る。わたしよりも早く状況を理解した男達は、怒りに顔を歪め、お客さんの手を振りほどこうとした。しかし、腕はぴくりとも動かない。腕力がお客さんに敵わないのだ。捕まっていない背の低い方も慌てて武器を取り出したけれど、お客さんがその手を蹴り上げ、背の低い方の持っていた手裏剣はくるくる飛んで、店の壁に刺さった。

「お前、何者だ!」
「ただの通りすがりの客さ」

お客さんはまた笑って、素早く背の高い方を縛り上げてしまった。逃げようとした背の低い方も、同じくすぐに縛られる。お客さんは二人の体を探って、いくつか縄を切れそうな刃物を没収すると、店の柱に縛り付けた。

「すみませんが、引き取り手が来るまで店の柱を貸して頂けますか?」
「ど、どうぞ」

わたしは手に持っていた傷薬を、薬棚に戻した。引き取り手、というくらいなのだから、きっと元から彼らを狙っていたんだろう。

引き取り手は、すぐに到着した。数人の役人のような人達が、男達を店の外に出してから、お客さんと少し会話を交わし、出ていった。その背中を見送っていたわたしの視界に、ずいっとお客さんが入ってきた。

「迷惑をおかけして、すみません」
「いえ、あの、あなたは?」

わたしが聞くと、お客さんは一瞬躊躇ったけれど、諦めたように話し始めた。

「私は山田利吉と言います。フリーの忍者をしていて、今回はあの二人組が、仕えている城を裏切って殿様を暗殺しようとしているようだから調査をしてほしいと言われ、跡をつけていたんです」
「は、はあ…でも、忍者って、そんなことわたしに言ってもいいんですか?」
「本当は駄目ですが…仕事に巻き込んでしまったお詫びということで」

利吉さんはひとつウインクをして見せると、壁に刺さっていた手裏剣を回収した。

「お嬢さん、ああいう奴相手に強気な態度は危険ですよ」
「すみません…でも、両親の大切にしていたこの店のことを守りたくて」
「まあ、私はそういう気の強い女性は嫌いじゃないが」

え、と利吉さんを見たら、見事目が合ってしまった。

「実は、本当は暗殺のギリギリまで証拠は掴めないかと思っていたんだが、あなたのお陰で、随分早く仕事が片付きました。よろしければ、この後お茶でも?」

利吉さんが手を差し出した。わたしは一瞬そこに手を出しかけたけれど、途中で引っ込めた。不思議そうな利吉さんに、今度はわたしが微笑んだ。

「まだ営業中ですので」
「…なるほど、ますます私好みのようだ」

利吉さんは差し出していた手を伸ばして、わたしの髪を一房掴み、そこに口付けた。

「また来ます」
「じゃあ、その時は是非」

わたしの言葉ににっこり笑うってから、利吉さんは店を出ようとした。その時ふと、わたしは大切なことを言い忘れていたことに気が付いて、利吉さんを呼び止めた。

「利吉さん!」
「何でしょう?」
「ありがとう、ございました」

最後に利吉さんが見せた笑顔は、この日一番かっこいい笑顔だった。


がとう
 き
 ち
 さ
 ん


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