「今日は流れ星が見れる日なんだって」

伊作にそう言われたのは、お風呂を済ませて、くのたま長屋に戻ろうとしていた時。伊作はわたしの腕を捕まえた。

「流れ星?」
「そう。一緒に見ない?」

もちろん断る理由はない。わたしが頷くと、伊作は嬉しそうに笑った。保健室の前で待ち合わせにしよう、寒いからあったかくして来てね、そう言ってから伊作はわたしに手を振り、にんたま長屋の方へ走っていき、途中で転んだ。わたしは伊作が無事に立ち上がったのを見てから、くのたま長屋に向かった。寝巻きはさすがに、伊作の言った通り、寒いだろうから、忍装束に着替える。髪は、夜だし、結ばなくていいか。簡単に身支度を済ませると、わたしは保健室に向かった。

廊下を歩いていると、ひんやりとした夜の空気が頬を撫でた。思っていたより肌寒いけれど、今さら部屋に上着を取りに戻っては、時間がかかるし面倒くさい。耐えられないような寒さでもなかったので、我慢することにした。保健室が見えてくると、すでに伊作は待っていた。わたしが小さく名前を呼べば、伊作がこっちを向いて、ちょっと険しい顔をした。

「寒くない?」
「ちょっと。でも平気」
「駄目だよ、風邪ひくよ。だからあったかくして来てって、言ったのに」

伊作は苦笑いすると、腕に抱えていた毛布を、わたしの肩にかけた。伊作は十分あったかそうな格好をしていたので、さらに毛布なんかいるのかなぁと思っていたのだけど、まさかわたしの分まで考えていてくれたとは。さすが、保健委員。

「ありがとう」
「いや、風邪ひいたら大変だからね。それより、早く星を見ようよ」

お礼を言うと、伊作はちょっと照れたように言って、そっとわたしの手を握った。手をひかれるままについて行くと、周りに灯りの少ない薬草園に着いた。空を見上げると、びっくりするくらい星が綺麗に見えて、驚いた。

「さあ、流れ星を見つけるぞ!」

伊作はぺたんと地面に腰を下ろす。背中合わせで伊作にもたれるように、わたしも座った。きらきらの夜空を見ていると、心が洗われて澄んでいくような感じがした。たまに吹いてくる風の冷たさも、背中に感じる伊作の体温の温かさも、心地いい。そんなことを考えながら、ぼんやりと上に向けていたら、一瞬きらっと流れる筋光のが見えた。

「流れた!」
「嘘!」
「今、あそこに」
「僕反対側を向いてたよ」

すごく残念そうな伊作。でもすぐにわくわくしたような顔になって、なんてお願いした?と聞かれた。

「そういえば、考えてなかった。それに一瞬すぎて、お願いする暇なんてなかったわ」
「次に見付けたらお願いできるように、考えておかないと!」
「伊作はなんてお願いしたいの?」
「へへ、秘密!」

伊作はにっと笑って、また空を見上げた。わたしも、何をお願いしようかなぁ、と考えながら、再び空を見る。次のテストいい点取れますように?明日の実習がうまくいきますように?立派なくのいちになれますように?ありがちな願い事をいくつか思い浮かべてみていたら、二つ目の流れ星が見えた。

「あ、また」
「ええ!見てなかった…今度は願い事できた?」
「ううん、まだ考えてなかった」
「勿体無いなぁ」

今度は伊作は、空から視線を外さずに言った。喋っている間に流れたら、また見逃してしまうからだろう。でも、実はわたしは、流れ星を見つけるコツに気が付いた。不運な伊作が向いているのと逆の方向を見ていると、見つけやすいのだ。それを伊作に教えたって、自分が向いている方向と逆を見るなんて無理な話だ。でも、伊作はすごく流れ星を見たいようだった。そこでふと、わたしは願い事を思いついた。伊作が、流れ星を見付けられますように。三つ目の流れ星に、わたしは願った。

「…あ!今!今流れたよ!」

しばらくして、伊作が嬉しそうに空を指差して、叫んだ。それはもう嬉しそうだったので、わたしも嬉しくなった。

「良かったね、願い事はできた?」
「ああ!」

伊作とわたしは、もたれ合っていた背中を離して、並んで座り直した。ずっと上を見上げていたから、少し首が痛い。

「結局、何をお願いしたんだい?」
「わたしは…よく考えたら、特にお願いしたいことはなかったから、なにも」
「はは、そっか」

そう言った伊作は、ちょっと寂しそうな顔をしていた。

「どうかした?」
「いや…僕とずっと一緒にいたいとか、可愛いことを君に期待した僕が馬鹿だったよ」

自分で言ってから、恥ずかしそうにする、伊作。彼の視線はゆるゆるとわたしから外れ、足元を向いた。

「何言ってるの、わたしはずっと伊作と一緒にいたいよ。でもそれは星に願うよりも、伊作に言った方が早いじゃない?」
「…現実的だなぁ」

素っ気ない言い方とは裏腹に、伊作の頬がふにゃあと緩んだのを、わたしは見た。

「じゃあ僕も、星にはもう願っちゃったけど、君にも言っておこうかな」
「なに?」
「僕はね、君が将来僕のお嫁さんになってくれますように、って願ったんだ」

今度は伊作はわたしの目を見て、言った。わたしは何か言う代わりに、伊作に抱きついた。ちょっと女々しいし不運だけど、優しくて可愛い伊作が大好きだ。


星の降る夜






(実は若干年齢操作、三年生くらい)
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