文次郎と私の出会いは、遡ること五年、いや、六年。忍術学園一年生のときだった。今や、忍術学園一ギンギンに忍者してるなんて言われる文次郎だけれど、一年生の頃は文次郎だって井桁模様の装束に身を包み、真面目で可愛い良い子だった。同じく一年生だった私は、緊張しながら行った初めての委員会で、文次郎に出会ったのだ。文次郎は教室に一番乗りしたらしく、緊張した表情で正座していた。お互いにお互いの装束を見て、一年生同士と認識すると、なんとなく笑みが零れる。緊張が少し解れたところで、私は文次郎の隣に座り、自己紹介をした。文次郎はちょっと無愛想で、照れ屋で、でも優しかった。ちょっかいをかけたり冗談を言ったりすると、いちいち反応してくれるので、よくいじわるな冗談を言ったりしたものだった。けれど二年、三年と学年が上がるごとに、文次郎はいい反応をしてくれなくなった。原因は、文次郎と同室で、私なんて比にならないくらいのいじめっこ、というか皮肉屋の、あの立花仙蔵だ。人をいじるのが生き甲斐のようなあいつは、毎日毎日文次郎をいびり、だんだんと文次郎は、常に疲れた老け顔の少年になっていった。反応が薄くなったのは、立花仙蔵への防衛本能だったのではないかと思う。私の小さな楽しみを奪った立花仙蔵のことを、六年生になった今でも私は根に持っているけれど、仕返しが怖いので言わない。さて、老け顔になり、ちょっかいをかけても軽くあしらうような反応をするようになった文次郎は、昔に比べ貫禄や落ち着きが出てきた。十三歳であの包容力は、なかなかあるものではない。そして、文次郎は持ち前の真面目な性格で、四年生にして会計委員の委員長代理を引き受けた。先輩相手にもバッサリと予算を切っていく彼に、補佐する私達はいつもヒヤヒヤしていた。でもそれも、彼の実力があったからこそ。鍛練馬鹿の文次郎は、後輩はもちろん、先輩からも恐れられる存在であった。今思うと、あの頃の先輩達の方が文次郎相手に弱気な予算を組んできていたから、穏便に予算会議が済んでいたな。同学年、特に立花仙蔵は文次郎をよくわかっている。目をぎらつかせ、少しでも文次郎に隙があれば、ハイエナのように予算をもぎ取って行く。正に、予算会議と書いて戦と読む、だ。五年生になった文次郎は、もうほとんど今の文次郎だった。ただ、先輩がいたから、今よりは控え目だったかもしれない。でも、この時にはもう彼はギンギンしていて、私は唯一文次郎を止められる存在という認識をされるようになった。あとは、今と一緒。気付いたら文次郎と一緒にいることが多くて、お互いを頼りにしている。なぜ今こんなことを思い返したかと言えば、今日が卒業の日で、私が実はずっと文次郎が好きだったからだ。老け顔でギンギンで鍛練馬鹿で、そのくせ人が良くて真面目、思ったことははっきりと言うし、人に意見もできる、それに見合った実力も持っている。文次郎は素敵な人だ。けれど、そんな彼とももう、会えなくなるのだ。私達は恐らく、城仕えの忍者として就職する。安全な学園の中と違い、自分を守ってくれるものは自分だけ。いつ死んでしまうかもわからないし、敵同士になるかもしれない。本当にさようなら、なのだ。そう考えていたら、涙が出そうになった。ここ数年、泣いたことなどなかったので、本当に心底好きだったのだと思い知る。






「酷い顔だな」

 じゃり、と砂を踏む音と、聞き慣れた低い声が耳に入り、深緑の装束を来た足が見える。こんなに近くに来るまで気付かないなんて、と思いながら、顔を上げる。学園の制服を着ている文次郎も見納めだ。しっかり見ておこう、と思ったけれど、目を合わせられない。合わせたら泣きそうだ。

「顔を洗って来い。教室で会計委員の後輩達が待っている」
「うん…」

 それでも動こうとしない私に、文次郎が小さな溜め息をついた。

「…仙蔵も留三郎も、就職が決まったそうだ」
「へえ」
「お前はどうなんだ」
「まだ」
「そうか」
「文次郎は、」
「…俺も、決まった」

 みんなが離れて行く。ばらばらの道を歩き始めている。この先会う時は、古い友人だからと油断もできない。どこかでぽろりと言った情報が、城に被害を及ぼすかもしれない。私達が選んだのは、そういう職業だ。

「お前、本当にくのいちになるのか」
「当たり前でしょ」
「辛い仕事だぞ」
「でも、六年間も忍術の勉強ばかりしたのよ。それ以外の道はないわ」
「…うちに来ればいい」

 ぼそり、いつもよりも低い声で聞き取りにくかったけど、確かに聞いた。どういう意味、なんて聞き返すのは野暮だろうか。文次郎は珍しく照れた様子で頬を掻き、少し言葉を濁した。

「…正直なところ、俺はお前にあまり危険なことをさせたくない。お前は昔から頑張りすぎるところがあるからな」
「あ…りがとう」
「あ、あー…もちろん、お前が良ければ、の話だが」
「う、うれしい…」

 ぼろっと涙が零れ落ちた。本当に嬉しかった。くのいちをしたくなかった訳ではない。六年生まで残るくのたまが少ない中、せっかく六年残ったのだ。そりゃあ、少しは未練があるけれど、やっぱり私は文次郎の隣にいたかった。彼を支えられる唯一の存在でいたかったのだ。

「文次郎、好き」
「お…俺もだ」
「ずっとずっと、多分始めて会ったときから好きだったよ」

 文次郎は顔を真っ赤にしながらも、不器用に私を抱き寄せてくれた。鍛練のときの傷ばかり作る逞しい腕、後輩を叱るときに頭にげんこつを作る腕は、今は私を抱きしめる為だけにある。

「…そろそろ、行かないか?」
「もう少し、このままで…」
「お前がそんなにしおらしいと調子が狂うな」

 そう言いながらも、文次郎は頭を撫でてくれた。

「今日だけよ、尻に敷くから」
「…一応覚悟しておこう」

 いつものちょっとくたびれた顔で、文次郎は苦笑いした。私も涙を拭いてにっこりすると、後輩達の待つ教室に向かって歩きだした。





エーデルワイス/大切な思い出

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