「平和だなぁ」

今日も雑巾を片手に、外でチュンチュン鳴いている小鳥を眺め、こっそりと、少しだけ仕事をさぼる。天気も良い。授業の音も聞こえてこず、風で木が揺れる音が心地いい。あたたかな陽射しもあってか、まだ午前中だと言うのに眠たくなってくる。今日は午前と午後の授業の間に、忍たま長屋の廊下の床掃除を終わらせるつもりでいたが、この調子では明日まで持ち越してしまいそうだ。でも、毎日なにかと騒がしく、事件の絶えない忍術学園。たまにはこんな平和を享受するのも、悪くない、はず。

そうしてわたしが、カクンとひとつ船を漕ぎかけたとき、静かな足音が近付いてきた。床の軋む音に、うっすらと目を開ける。この学園にいる人は、大きく二種類に分けられる。足音を全く立てない人と、ドタバタ立てる人。つまり静かな足音を立て、今わたしの後ろに立ったのは、本当は音もなく歩けるのだけど、わたしに存在を気付かせる為に小さな隙を作ってくれている人。のんびり事務員のわたしを気にかけてくれる、優しくも真面目な、ボサボサ頭の先生だろう。

「土井先生だ」
「お前、またさぼってるな」
「なんで分かった、って聞かないんですか」
「……なんで分かった?」
「秘密です」
「……って返ってくると思ったからだよ」

はぁ、と溜め息を吐く土井先生。わたしは、時に生徒のことを想って胃を痛めてしまうほど世話焼きなこの先生が、大好きだ。

「今、寝てただろう」
「寝てないです」
「嘘はいけないな」
「嘘じゃないもん」
「もう一回私の目を見て言いなさい」
「……」

ひょいと目をそらす。動揺からくるほんの少しの瞳の揺れだって見抜いてしまう忍者に、嘘は通じない。そもそも、隠すつもりはない。土井先生は、こうやって指摘してくる癖に、あまりわたしを怒らない。土井先生は、お説教を聞かない子の扱いに慣れている。それよりも、私の目を見て、と言って見つめてくる先生の視線に耐えられない。溶けそうだ。少し名残惜しい気もするけれど、話題を変えることにする。

「それより土井先生、授業は午後からですか?」
「ああ。お前は……掃除か」
「はい。最近は学園長先生も、変な催し事をしませんし、事務室はわりと平和です」
「それは、教師にとっても有難いよ。学園長先生が何か始めると、授業がちっとも進まない」
「でもなんだかんだで、勉強になってるじゃないですか」
「どうだかなぁ……」

あ、こんな口調の時の土井先生はきっと、苦笑いで頬を掻くぞ。ちらりとそらした視線を先生に向けたら、案の定で、わたしの頬が緩む。

「それで……土井先生はなんでここに?」
「え?」
「え?って、授業がなくてせっかく空いた時間に、忍たま長屋になんか」
「いや、別に、散歩だ」
「嘘はいけませんね。わたしの目を見てもう一回」

調子に乗ってじっと見たら、土井先生が少し赤くなって目をそらした。あれ、可愛い。もしかして、本当にわたしに会うために、探しに来てくれたのだろうか。さすがに、調子に乗っているからって、そんなことまでハッキリとは聞けない。でも、なんだか、土井先生が照れてる間にもう一押ししたくなってしまって。

「土井先生。今度お休みの日に一緒にお茶屋さんいきましょう」
「……っは?」

赤い顔のまま、少しぽかんとした表情を見せた土井先生は、ぐしゃぐしゃと前髪を掻いた。

「何を言ってるんだ、全く」
「あれ……もしかしてわたし、断られました?」

まあ、真面目な土井先生が相手だ。赤い顔の先生が見れただけでなんだか今日は胸がいっぱいだし、あまりいろんなことが上手くいきすぎても後が怖い。平和なくらいで止めておくべきなのだ。

「……給料日が過ぎて、気が向いたらな」

明日は、学園長先生がなにか催す予感。





オリーブ/平和

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