「千鶴って、かっこいいね」

目の前の女の子が、にっこりと笑って言った。即座に「はぁ〜?」と文句をつける要と、「そうですね〜」と花を飛ばす春。興味なさげにしながらも、双子の俺にはわかる程度、つまらなそうに口を歪ませた祐希。

彼女は俺たちの幼馴染みの一人で、去年の夏から一年間アメリカに留学していた。帰ってきた時、俺たちに一匹の子猿、千鶴が加わっていても、気にすることはなく。それどころかウマが合ったらしく、すぐに仲良くなっていた。元々、ボケとツッコミがはっきりしていた俺たちの中で、彼女は千鶴みたいな両刀タイプだった。帰ってきた彼女と千鶴を並べてセットで見てみると確かに、残念なことに、少し似ていた。

「だからって、かっこいいはないな」
「だからってって、なに?悠太」
「こっちの話」

彼女が千鶴を気に入ってるのは、見ていればすぐわかった。なかなか報われそうにない恋をしている辺りも、二人はまた似ていた。それを言うなら俺も祐希も、だけど。歳上好きの要を抜いて、俺たちは不毛な片想いをしていた。茉咲は春を、千鶴は茉咲を。そして俺と祐希は、千鶴を想う彼女を。

でも彼女は、ただ単純に、好きでいることを楽しんでいた。付き合いたいとか、そういうのじゃ、ないみたいに。でもそれは、必死に自分に言い聞かせてただけなのかもしれない。





唇を噛んで帰ってくる彼女を見たのは、バレンタインが終わった頃の冬の日のことだった。俺は寒空の下で母さんに頼まれた洗車をしていて、同じく頼まれていたはずの祐希は玄関先で雑誌を読んでいた。家が隣の彼女が帰ってきたのは、すぐにわかった。真っ赤で今にも泣き出しそうな目と、強く強く噛み締められた唇を見て、ホースを置いてすぐに駆け寄った。俺のただならぬ雰囲気に顔をあげた祐希も、すぐに立ち上がり、側に来る。

「あ…悠太、祐希」
「どうしたの」
「どうも…」
「どうもなくて、そんな泣きそうな顔するわけないじゃん」

心配故にきつ目に問いただしてしまったが、彼女は目を伏せ、話す気になったようだった。

「わたし、聞いちゃって」
「なにを?」
「…千鶴が、告白してるとこ」

とうとう涙が零れた。俺たちは顔を見合わせる。

「帰り道、偶然二人で歩いてるところを見つけて、声をかけようとしたときに、……盗み聞きみたい、最低だよね。何も言えずに逃げて来ちゃった」

ポロポロと泣いているくせに、まだ笑顔を作ろうとする姿が痛々しくて見ていられない。そっと頭に手を置いて撫でると、嗚咽を漏らしながら、素直に泣き始めた。千鶴を想って泣いている彼女は綺麗だったが、悔しかった。

「知ってたから、平気だと思った。でも、一人で歩いていたら、いろんなこと、考えちゃって。ひどい顔、してたでしょ」

しゃくりあげながら言った言葉に、顔を横に振った。ごしごし目をこすろうとした手を、祐希が止める。

「…赤くなるよ」
「でも、止まらな、くて」

残念ながらタオルやハンカチなど持っていない俺たち。祐希が自分の服の袖を引っ張って、ぽんぽんと涙を拭いた。不器用な手つきに、ふっと彼女が笑う。

「祐希、こういうことはスマートにやっちゃいそうなのに、すっごく不慣れな手つき」
「スマートじゃなくてすいませんね」

少し不貞腐れたように言う。

「だれかさんが、こっちに振り向かないで不毛な恋ばっかりするから、彼女もできないんですよ」
「不毛って何よ」
「じゃあ言い方変える、男を見る目がない」「悠太、祐希がこんなこと言うよ」
「千鶴を選ぶ辺り、俺は否定できない」
「双子そろって、失礼しちゃう」

そう言った後に、少し赤くなっている目尻を下げ、笑う。いつもの自然な笑顔だ。

「ありがとう、元気出てきた」
「お前を泣かせる千鶴なんかより、俺たちのがいい男でしょ」
「千鶴だっていいとこあるでしょ?でも、まあ、二人は文句なくいい男だとは思うけど」
「ほら。俺たちにしておけばよかったのに」
「達は無理でしょ」

おかしそうに笑う顔は、やっぱり泣き顔より綺麗だし、ほっとする。俺たちに気を使って笑ってるとかじゃない笑顔なのは見ていてわかる。ずっと彼女を見てきた俺たちだから。

「まあ、まだしばらく待つつもりだから、心変わりを楽しみにしておくよ」
「二人にわたしはもったいないよ、ほんと」
「それ千鶴のこと馬鹿にした?」
「してない!」

冗談みたいにしてしか今は言えないけれど、でも小さな頃からずっと想い続けて、待っている。ここまで待ったんだから、俺たちの納得できる相手と彼女が出会うまでは、待たせてもらうことに、勝手に決めた。俺たちがどうなっても、どうか彼女は、幸せでありますように。泣き濡れた顔で楽しそうに笑う彼女を見ながら、そう思った。

なにもかもが上手じゃなかった日々

title by 幸福
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