「あ、いたいた」

プロミネンスに入って、初めてのまとまった休日。どこに遊びに行こうかなと思っていたら、ヒートさんがやって来た。私服のヒートさんは初めて見た。

「探したんだ」
「わたしをですか?」
「バーン様に頼まれて」

バーン様と聞いて、ドキリとする。あれから、バーン様の態度は別に優しくなりもせず、逆に前より怖くなったような気もする。ヒートさん達が言うには、照れ隠しらしいけれど、やっぱり怖いものは怖い。わたしの表情を見て、ヒートさんはちょっと笑った。

「別に、バーン様は怒っている訳じゃない」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、来ればわかる」

ヒートさんの後について行くと、どうやら向かう先はプロミネンスの練習グラウンドのようだった。休日なのに、今日もグラウンドかぁ、と思ったけれど、逆らうことなんかできない。いつもの道を通って、グラウンドの前に着いてしまった。

「どうぞ」
「あの…ヒートさんが開けて下さい…」
「本当に怒ってないって」

ヒートさんは苦笑いして、グラウンドの扉を押し開けた。その途端、ふわっと漂ってきた甘い香り。グラウンドには長い机が置かれており、その上にはたくさんのお菓子。その机を囲んで、プロミネンスの皆さんが話していた。サトスさんがわたしとヒートさんに気付いて、バーン様に声をかけた。バーン様が、こっちに歩いてくる。

「怒ってなかっただろう?」
「あの、これは…」
「歓迎会だ」

バーン様が、がしっとわたしの腕を掴んだ。ちょっと痛いくらいなのが、バーン様らしい。

「歓迎会…?」
「お前、最近はプロミネンスの練習でバテることもなくなっただろ。もう立派なプロミネンスの一員だって歓迎してやってんだよ!」

立派な、プロミネンスの、一員。バーン様の口から出た言葉に、しばらく呆然とした後、目の奥が熱くなってきた。認めてもらえたのだろうか、イプシロンでも弱い方だった、こんなわたしでも。

「お、おい、お前まさか、まだイプシロンに戻りたいとか思ってねぇよな?」

返事もしないでうつ向いてしまったわたしに、バーン様は少し慌てたように言った。

「ち、違います、わたし、嬉しくて…」
「なんだ、そうかよ…」

泣きそうになりながらも、必死に笑顔を作って言うと、バーン様もホッとしたような顔をした。

「歓迎会、ありがとうございます」
「ああ、お前の為にレアン達がケーキ焼いたんだ。食えよ」

机に並んだ、可愛くトッピングされたケーキの向こうで、レアンさんやボニトナさんが笑っていた。バーン様に腕をひかれて、机の方に歩いて行くと、皆さんが口々に声をかけてくれる。

「改めて、これからはよろしくな」
「はい…!」

ようやく、本当にプロミネンスの一員になれたような気がした。




「オイ」

机の上にあった大量のお菓子が大体片付いてしまった頃、バーン様に再び腕を掴まれた。

「ちょっと来い」
「は、はい?」
「甘い匂いに酔った」

そういえば、バーン様は甘いものがあまり好きじゃないんだった。

「大丈夫ですか?」
「いいから来い」

バーン様は掴んだ腕をぐいっとひいて、グラウンドを出た。本当に参ったような顔をしている。

「すみません…」
「何でお前が謝るんだよ。好みの問題だから仕方ねーだろ」

パタパタと、顔の横で手を団扇のように動かすバーン様。わたしはなんとなく、バーン様の顔を見れず、グラウンドの扉を見た。スタジアムの入口のような大きな扉は、イプシロンの練習グラウンドのものよりも立派だ。

「なあ」

バーン様がパタパタを止めたのは、気配でわかった。それに声が真剣だったので、余計にバーン様の方を向きづらくって、わたしはさっきよりもじっと、扉を見つめた。ガタガタ、風だろうか、扉は微かに揺れている。そんなものにでも意識を集中していないと、わたしは逃げ出してしまいそうだ。

「俺、今までうやむやにしてきたけど、お前に言いたいことがあったんだ」

わたしは扉の動きをひたすら見つめたまま、小さく頷いた。バーン様は少しだけ言うのを躊躇うように口ごもった後、わたしの横顔をしっかり見て、言った。

「お前が好きだ」

ぐいっと肩を掴まれ、バーン様の方を向かされた。ばちり、目が合う。バーン様の真剣な瞳に吸い込まれそうだ。

「俺は本気だ。お前に一目惚れだった」

ドキドキ、鼓動はどんどん、制限なく早くなる。肩を掴んでいるバーン様にも伝わってしまうのではないかと思った。

「お前は、」
「あーバカ押すな!」

バターンとグラウンドへの扉が開いた。ビクッとして、扉の方を向くわたしとバーン様。そこには、ネッパーさんを一番下にして、プロミネンスの皆さんが重なり合って倒れていた。よく考えたら、あんな立派な扉は、風程度では開かないだろう。ということは、ほとんど最初から聞いていたのだ。わたしが何も言えないでいる間に、バーン様が立ち上がった。

「テメーらいい度胸じゃねぇか」

慌てて上から順に立ち上がる皆さん。ヒートさんが代表して、一歩前に出た。

「バーン様も、俺達が話していた時、聞こうとしていたじゃないですか」

ヒートさんの視線から、俺達とは、ヒートさんとわたしのようだ。聞こうとしていたってどういうことだろうと考えて、ようやくピンときた。扉を開けたら、いきなりバーン様がいた、あの時の話だろう。ヒートさんは、あの時から気付いてたのか。バーン様の後頭部の脇からちょっとだけ見えている耳が、赤くなった。それ以上バーン様は何も言わないので、ヒートさんや他の皆さんは、ホッとしたような顔つきになる。

「それよりバーン様、おめでとうございます!」
「あ?」
「告白…」

バーン様のイライラした顔を見て、言いかけていたサトスさんが固まった。

「テメーらのせいで、返事、聞いてねぇんだけど」

ネッパーさんが、お前が押したからだろ!とバクレーさんを殴った。すみませんでした!とバクレーさんが頭を下げて、それに倣うように他の皆さんも頭を下げる。バーン様はため息をついてから、わたしを振り返った。

「…で?」

いや、この状況で言わなきゃ駄目ですか?答えなんて決まっていたけど、この状況じゃあまるで罰ゲームだ。わたしは、皆さんが頭を下げていて見ていないのをいいことに、バーン様の手を握ると、グラウンドとは反対の方向へ駆け出した。バーン様はわたしよりもずっと足が早いけれど、わたしについてきてくれていた。わたしは、なるべく遠くへ、人のいないところへ、と思って走った。返事はしたい、でも人に聞かれるのはとても恥ずかしい。しかし突然、バーン様が「あ」と声をあげるので、わたしは驚いて一度足を止めた。

「どうか、しましたか?」
「お前の私服、その…可愛いな」

照れ臭そうに呟かれた言葉に、わたしは堪えきれなくなって、バーン様に抱きついた。








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