ハチとヘイスケの部屋に着くと、再び紙を床に置いてもらい、わたしは文字を書いた。今度はひらがなだったから、みんなは本当に字が書けるのか、と驚いていた。
「なになに、わたしはいぎりすからきました、だってさ」
「いぎりす?いぎりすってどこ?」
「聞いたことねーな。また誰かに聞きに行く?」
ハチが立ち上がりかけたので、わたしはハチの足を押さえた。すぐにまた、紙に爪をつける。
「がいこくです、だって」
「あー、外国か。そういえばさっきの外国の言葉だもんな」
「ていうか、最初から日本語書いてくれたらよかったのに、ネコ」
ヘイスケに言われて、返す言葉もなかった。英語が使えるか確かめるのは後回しでよかったものね。というか、今ヘイスケが言って思い出したけど、ずっとネコと呼ばれるのはなんだか嫌だ。わたしは、紙に大きな字で名前を書いた。
「なまえ」
「…って、なんだ?どういう意味?」
「にゃあ」
「ああ、もしかして、お前の名前?」
「にゃん!」
ハチの言葉に頷くと、ハチはそうかそうかと笑って、またわたしを抱き上げた。人間だって言ってるのに、この人は信じてないのか、気にしないのか。わたしはハチの腕をするりと避けて、墨をとる。
「わたしは、14さいの、おんなのこなんですから…って、ええ!同じ年!」
「ハチの扱いが気に入らなかったんじゃないか?」
「いや、だって、人間って言われても、今はネコにしか見えないだろ!」
悪かったよ、とハチがわたしの頭を撫でた。これも少し恥ずかしいけど、ハチの手はとても優しくて気持ちいいから、まあいいか。
「じゃあさ、胸とか触ったら、なまえとしてはそういう感じするのか?」
サブロウのデリカシーのない言葉に、わたしは後ろ足でのキックをお見舞いした。サブロウは突然のわたしの奇襲攻撃を、見事に喰らった。
「うわ、三郎、忍者ならそれくらい避けろよ」
あはは、とハチが笑った。でも、わたしが気になったのは、そんなことではない。そう、そんなことではなくて、ハチの発言だ。ハチは、忍者、って言った?忍者って、日本に昔いたって言われている、隠密集団、みたいなやつよね?日本と言えばって話で、フジヤマ、ゲイシャに次いで出てくるような、メジャーな日本のイメージの、それよね?
「にゃあ?!」
「ちょっ、おいどうしたネコ…じゃなくてなまえ」
わたしは混乱した。忍者なんて江戸時代までで滅んだんじゃ、ないの?わたしは、心配そうにこっちを見たヘイスケを無視して、そっと爪を墨に浸して、紙に乗せる。
「…いまは、なにじだい?…だって」
「時代って…室町時代、ってことか?」
むろまち…室町?… 室 町 時 代 ?!あり得ない!でもここが室町時代であるなら、今までの疑問は全て納得がいってしまう。わたしは、カクンと膝を折って、床に突っ伏した。
「おい、なまえ?どうした?大丈夫か?」
ハチがそっと背中をさすってくれたけれど、わたしはまだ、立ち直る元気は出なかった。