「なあはっちゃん、こいつ腹減ってるんじゃないか?俺、豆腐だったら持ってるけど」
「ばっか、兵助、豆腐なんかネコが食べる訳ないだろう」
「なんだよ、じゃあ三郎は何か持ってんの?」
「まんじゅう」
「余計に危ないよ!」
「じゃあ豆腐はいいのか?雷蔵」
「そ、それは知らないけど…」
呆然とするわたしを他所に、ハチのお友達は、漫才のような会話をしていた。黒い髪の人は、ヘイスケというらしい。後の二人は同じ顔だけど、双子?少し笑顔に裏がありそうな方の人がサブロウ、すごく優しそうな方の人がライゾウ、というようだ。
「ネコ、腹減ってる?」
わたしを無視して話を進める三人の代わりに、ハチが聞いてきた。わたしは首を横に振った。
「え、こいつ俺の言葉、理解してる?」
「偶然だろう?ネコだし」
偶然、と言ったサブロウに近づき、腕を軽く引っ掻いてから、わたしは部屋を見回した。それから、部屋のすみに寄せてあった机を見つけた。机の上には、紙とインクのようなものがある。言葉が駄目なら筆談だ!と考えたわたしは、その机に駆け寄った。途端にヘイスケが立ち上がって、わたしを捕まえようとした。
「こら、机はダメ!書き途中の課題が乗ってるんだからな!」
止めようとしたヘイスケの腕を、ネコ特有の体の柔らかさでかわす。そうして辿り着いた机に飛び乗ると、紙を触りながら、アピールした。きっとこの紙はヘイスケの課題用だから、別の紙を出せっていう意味だ。課題が大変なのは、同じ学生として、痛いほどわかる。
「なんだネコ、紙が欲しいのか?」
「にゃん!」
ハチはすごい。動物の気持ちを読み取れるみたいだ。わたしは続けて、インクを指して鳴いた。
「墨も?」
「墨はダメだ。部屋汚されたら、同室の俺にも被害があるんだからなー、はっちゃん」
「いいじゃん、このネコすげー頭いいみたいだし、な?兵助」
ハチに言われて、ヘイスケはしばらく渋ったけれど、了解した。わたしが課題には手を付けなかったから、信用してくれたのかな?とにかくハチから紙とインクのようなもの(墨、というらしい)をもらったわたしは、そっと爪をインクに付けて、紙に文字を書いた。とりあえず、この人達が英語がわかるかどうか、試しに英語を書いてみる。
「…なんだ、字を書くかと思ってびっくりしたら、ひょろひょろした線か」
「そりゃあ、さすがにネコが文字は書かないよな、ちょっと期待したけど」
ひょろひょろした線、じゃなくて筆記体!と思ってサブロウを威嚇しようとしたとき、誰かがひょいと紙を持ち上げた。ライゾウだ。
「これ、南蛮の文字じゃない?この前、先輩がこんな本を見てた気がする」
「にゃん!」
ライゾウの言葉に、わたしは首を縦に振った。
「あー、中在家先輩」
「そうそう、聞いてみようよ」
「そうだな」
みんなは次々立ち上がり、部屋を出ていく。わたしがついて行っていいか迷っていると、ハチがわたしににっこり笑いかけた。
「おいで、ネコ」
ハチの言葉に、わたしは部屋から駆け出して、みんなの後を追った。