「おいこら、そこの猫」

後ろから声がした。聞き慣れた声、でもなんだか不機嫌なようだ。振り返ってみれば、思った通りの人物が、思った通りの表情でわたしを見ていた。三郎だ。

「最近、なんで私のところにこない?」

どうやら、最近わたしがみんなの調査をしているせいで、あまり三郎に会わなくなったことを言っているらしい。寂しがり屋だから、自分のとこだけこないと思って寂しがっていたんだろう。別に三郎を避けていたわけではないけど、一対一になると自然と三郎に会う機会は減る。でも、残りは三郎だけだし、見つける手間が省けた。

「にゃーんにゃーん」
「え、今日は私を探してたって?」

少し嬉しそうな三郎。なんだかんだ素直なところが可愛い。

「仕方ない、付き合ってやる」

なんでかいつも、三郎って、偉そうなのよね。わたしに対してだけかな?でも、三郎は五年生の中でもまとめる能力があるっていうか、人が集まると自然にみんなに頼られて、自然に中心にくる、リーダータイプだと思う。先輩にも臆さないし。だからって上から目線で許すって訳じゃないけど。ささっと頭の片隅にメモをして、正面にしゃがんだ三郎の顔を見た。

「にゃん?」
「どこに行くって?ふふん、連れて行きたい所があるんだ」
「にゃ?」
「どこかは秘密だ」

楽しそうな三郎。

「にゃおん、にゃーん」

仕方ない、付き合ってやる。そう三郎の真似をすると、一瞬ぽかんとした後、ニヤッと笑った。それから一緒に外出許可をもらうと、三郎は街の方に向かった。

「最近、町の方には行ってないだろう?」

わたしが頷くと、三郎は満足気にまた前を向いた。連れて行きたいところって、町?と、思っていたら、途中で町とは違う方向に曲がってしまった。

「にゃー?」
「目的地は町じゃない。まだ、秘密だ」

三郎は楽しそうに笑う。不思議そうな顔をするわたしに喜んでいるのだ。変装のことももちろんだし、三郎はこういう風に人を驚かすことが好きだと思う。ただ単純に、ドッキリも好きだし、サプライズで喜ばせることも、好き。人の驚いた顔が好きなのかも。そんなメモをしていたら、突然抱き上げられて、変な声を出してしまった。頭が三郎の胸にくっつけられる。

「ここからは見せない」

視界を遮るつもりだったみたいだ。こういうところ、もう完全にわたしは人間の女の子としては扱われてないな。もしこれで女の子として扱ってるなら…ちょっと、いやかなり、照れる。そんなことをわたしが考えているとは知らないだろう三郎は、ずんずんと進んでいるようだ。たまにぴょんと跳んだりするので、進みにくい道を行っているのかも。前が見えないと距離の感覚はわかりにくい。

「にゃー?」

まだ?と聞くと、三郎が足を止めてにこっとわたしを見た。

「着いた」

優しく地面に降ろされながら見えた景色は、一面のピンク色。見事な桜並木が満開だった。足元を見れば、そこも花びらでピンクの絨毯。圧巻だった。

「綺麗だろ。隠れた花見の名所なんだ。なんとなくお前に見せたかった」

わたしの隣に座り込む三郎。わたしもちょこんと桜の絨毯に腰掛けた。

「なまえが人間だった時は、どんな顔だったんだ?」

唐突に、三郎が言った。視線は桜に向けたまま。自分の容姿を説明するのって難しいけど。髪は猫のわたしの毛と同じ色、身長は三郎達より低くて、目の色は…。わたしは思いつくところをいくつか挙げていった。三郎は小さく笑ってそれを聞いた後、少し黙ってから、言葉を続ける。

「…私は、雷蔵の変装も誰の変装もしていない本当の私は、どんな顔だと思う?」

三郎と目が合って、何も言えずに固まってしまった。本当の三郎、考えたことがない訳ではない。わたしの知ってる三郎は、声と背格好だけ。

「実は私も忘れてしまった。自分の顔をだ。笑えるだろう」
「にゃーん、にゃーん?」

化粧も何も全部落としたら、それが本当の顔じゃないの?そう言うと、三郎は寂しそうに笑う。

「そうなんだけどな。怖いんだ、そこに何もないような気がして。鉢屋三郎が誰なのか、私自身が一番わからなくなってるのかも。案外、なまえの言うように、全部落としてしまえば、なんだこんなものかって楽になるのかもな」

わたしは三郎の膝にぽんと手を置いた。

「にゃあん」

雷蔵の顔だって誰の顔だって、例え全部落としてみてのっぺらぼうだったって、わたしはどんな三郎でも好きだから、安心して。そんな恥ずかしい言葉が、桜の魔法か、すらすらと出てきた。三郎は驚いたような顔でわたしを見た後、ちょっと目を赤くした。

「ありがとう。普段は憎まれ口ばかりだがお前はいい奴だな。こんな話は雷蔵にもしたことがないんだが、話せて少し、すっきりした。……ありがとう」

三郎から珍しい感謝の言葉が二つも出て、わたしは笑顔で応えた。三郎に関しては、雷蔵が大好きだったり、ちょっと生意気だったり、口が怖いくらい上手かったり、意外と礼儀正しかったり、書けることはたくさんあるだろう。今の話は誰にも話さずに、今までのメモよりずっと深いところにしまっておくべきだ。わたしと三郎はそのまましばらく、だまって桜並木を眺めていた。


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