珍しく、土井先生から課題が出た。クラスメイト以外の誰か五人をよく観察して、その人がどんな人であるかを客観的にまとめて、先生に提出するというものだ。五人って言ったら、もちろん、五年生の五人かな。それなりによく知っている五人だけど、まとめるとなると、話は別なわけで。一週間後に提出になるので、一日一人ターゲットを決めて、観察してみよう。





「なまえ」

授業が終わって、ぶらぶらしていた午後のこと。声をかけてきたのは、笑顔の雷蔵だ。

「にゃあん?」
「今から図書委員の当番なんだ。なまえはどうしたの?」

なにもなくぶらぶらしてたよ、と返せば、一緒に図書室にくる?と誘われた。よし、今日のターゲットは雷蔵に決定。わたしはたたっと雷蔵の足元に駆け寄った。

「今日はいい天気だね。当番がなかったら、僕も暇だし、一緒にどこかへ出かけたいような気分だったのにな」

雷蔵がゆっくり歩き始めながら、空を見て、そうつぶやく。

「にゃーん」
「でしょ、僕もいい案だと思ったよ。そういえば、なまえと二人でゆっくり話をすることって、そんなに多くなかったね。今度本当に、二人でどこかへ散歩にでも出かけようか」

空からわたしへ視線を移した雷蔵。雷蔵と二人ならきっと、のんびりゆったり、楽しいだろうなぁ。

「にゃあ!」
「決まりだね。またこんなふうにばったり会った日に行こうか」

その方がわくわくするよね、と雷蔵が笑ったところで、わたし達は図書室に到着した。

「今日の当番は久作と僕なんだ。久作のことは、知っていたっけ?」

こくん、と頷く。真面目でちょっと照れ屋な能勢久作くんだ。

「そっか。じゃあ、紹介はいらないね」

雷蔵が扉を開ける。久しぶりの図書室だ。カウンターにはすでに久作くんがいて、他にも生徒がちらほらといる。久作くんは顔を上げて、わたしと雷蔵を見て、軽く頭を下げた。

「ちょっと遅れちゃったね、ありがとう、久作」
「にゃーお」
「いえ。こんにちは、不破先輩。それになまえさん、お久しぶりです」

丁寧に挨拶されて、思わずわたしも頭を下げた。雷蔵はくすくす笑って、カウンターに入る。

「あ、久作、何か読んでたの?」
「はい、この前中在家先輩に勧めて頂いた本を読んでみていたんですけど…難しくて、全然進みません」
「どれ…ああ、これは僕も読んだよ。ちょっと、難しいよね」

久作くんが手にしていたのは、なんだか古い感じの分厚い本。ただでさえ漢字には弱いわたしには、到底読めそうにない本だ。雷蔵はおもむろに立ち上がって、一冊の本を持って戻ってくる。

「それは難しいから、先にこっちを読むと、わかりやすいんだ」

同じく漢字ばっかりの古そうな本を持ってきた雷蔵。厚さはちょっと薄いけど、わたしには読めそうにないのは変わりない。

「へえ…では、先にこっちを読んでみます!ありがとうございます」
「うん、面白いから読んでみて」

にっこりスマイルで笑うと、雷蔵はカウンター裏に積まれた返却本を整理し始めた。わたしはこっそりと頭の中に、雷蔵は後輩の面倒見が良い、先輩らしい、とメモをとる。三郎といる雷蔵ばかり見ているとわかりにくいけど、そういえば一年は組でも、雷蔵の名前はたまに出る。後輩に慕われているんだろう。






しばらくして、雷蔵はまた立ち上がった。どうやら整理した返却本を棚に戻しにいくみたいだったので、わたしもくっついて行く。

「なまえ、手伝ってくれるの?なーんて」

着いてきたわたしに、雷蔵はにっこり。頭の中に、いつでもニコニコ、と書き留めながら、わたしは頷いた。

「ふふ、なまえではできないよ、棚の高いところにしまう本だから。でもありがとう」

雷蔵はちょっと背伸びしながら、一番上の段に本を戻す。人間のわたしなら届くかな。無理かも。

「あ、なまえ。面白い本があったよ。これ」

雷蔵が、次に戻そうと手に取った本を見て、わたしに言った。見せてくれた本は、どうやら日本画の美術本のようだった。忍術学園って本当にいろんなジャンルの本があるのね。

「これは絵がのっている本だから、あまり難しい漢字もないし、なまえでも見て楽しめるかな」
「にゃん!」
「あ、これ。昔の人の考えた、妖怪の絵だよ」

雷蔵が開いたページには、独特の筆のタッチでなんだか禍々しさが数倍増しな、妖怪達の絵が。その中に猫又という猫の妖怪がいて、目に留まる。人間に化けて、人間を食べてしまうと言う。わたしが猫又を見ているのに気付いたのか、雷蔵もそれをじっと見た。

「猫又かあ。猫又も喋る猫なのかな?」
「にゃー…」
「そんな可愛いものじゃないと思うって?まあ、確かにそうだね。食べられたらたまらないな」

雷蔵は別に怖がることもなく、笑いながらそう言った。

「にゃあ、にゃん?」
「妖怪を信じてるかって?うーん、いたら面白いかもしれないけど、信じられないなあ。もしいるなら、忍術学園はいかにもいそうだね。とても古い建物だし」

ホグワーツでゴースト達と暮らしていたわたしからすると、河童や天狗などはいても当然だと思うのだけど。ドラゴンだって不死鳥だっているんだし。

「でも、呪いだとかは、ちょっと怖いと思うなあ。忍者にも、幻覚を見せる幻術を使ったりする人もいるし。やっぱり妖怪よりも、人が怖いよね」

ふんふん。雷蔵はリアリスト、と頭の中のメモに書き足した。これって忍者らしい考え方なのかな?マグルはみんなそうかな?でも、呪いもオバケも存在することはわかっていても、やっぱり人が怖いっていうのは、わたしも同感、かもなあ。

「おっと、時間がなくなっちゃう。早く、片付けちゃって、ご飯に行きたいからね」

雷蔵は本をパタンととじて棚に戻した。わたしも邪魔をしないよう、静かにそれを眺めた。作業をする雷蔵を見ていておもったのは、結構大雑把ってこと。久作くんと比べるとわかりやすい。前、久作くんは全部の背表紙を一番手前に揃えていたけど、雷蔵はそれをしない。あるべき場所に戻れば同じだもんなあ。わたしも、どっちかって言うと、雷蔵タイプだな。





ゴーン、とヘムヘムの鳴らした鐘の音が響いて、生徒がぞろぞろと図書室から出ていく。雷蔵は久作くんに、鍵は閉めておくから先に食堂に行っていていいよと言うと、簡単に床掃除をした。わたしはちりとりをおさえるという、とても些細なお手伝いをした。それから鍵を閉めて事務室に返しに行くと、外は結構暗くなっていた。

「ようやく晩ご飯だね。まだみんないるかな。今日のご飯は、何かなぁ」
「にゃん、にゃーん」
「焼き鮭の定食か、五目うどん?お昼に聞いたの?うーん、どっちも美味しそうだなあ…」
「にゃーお」
「お腹が空いてるなら、定食がいいって?でも、うどんも好きなんだよ。ああ、でもやっぱり、夜はお米が食べたいかな…でもうどんは毎日はないから…」

出た、雷蔵の優柔不断。食堂に着く前に教えたから、いつもより早く決断できるといいんだけど。やっぱり雷蔵のレポートを書くんなら、一番大きく書くべきはこれね。頭の中のメモに、やっぱりとっても優柔不断、と、書き残すまでもないけど、一応書き残して。わたしの分はきっと焼き鮭だな、なんて考えながら、いい匂いのする食堂へ向かうのだった。


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