「うーん…」

狭い。身体が痛い。いつもの押入れなのに、ふとんか何か落ちてきたのだろうか。もぞもぞと身体を動かそうとしたときに、あることに気が付く。ハチの声と足音が聞こえた瞬間、ふすまを押さえようとしたけれど、一瞬遅くて、いつものようにスパーンと開いた。開いてしまった。

「朝だぞ!起きろ…………て、」
「はっちゃんどうした?……え?」

ハチが固まった。様子を見にきた兵助も固まった。わたしはゆっくり、押入れから這い出る。

「あの……おはよう」
「……誰だ?」
「なまえです…」

立ち上がったわたしを、二人はただただ見上げていた。ぱたぱたと、ホグワーツの制服のスカートを整える。そう、わたしは、人間に戻っていた。

「なまえ…なのか?」
「だって、昨日押入れに入って寝たのは、わたしだけでしょう?」
「でも…やっぱり信じられないっつうか…」
「人間だって、頭ではわかってたけど、なあ…」
「でも、おんなじ色の髪よ、見て」

座り直し、ふわふわした髪を弄って見せる。信じられないのも無理はない、二人から見たわたしは見たことのない女の子。でもわたしから見た二人は、やっぱりいつものハチと兵助なのだ。

「本当なのよ、わたし、ハチと兵助のことならたくさん知ってる。雷蔵や三郎のことも、勘ちゃんのことも、学園のみんなのことも…」
「確かに呼び方も全部、今までのなまえと同じだけどよ…」
「まだ少し信じられないけど…なまえなんだよな」
「うん…あ!これ!」

わたしが思いついて見せたのは、首に巻かれていたリボン。みんなにもらった大切なもの。

「一緒に買いに行ったでしょ、三郎が新色だからって言って。わたし、本当に嬉しかったの」
「間違いないな、なまえにやったやつだ」

ハチが小さく弱々しく言った。どうやら二人とも認めてくれたらしい。

「でもこんな状態で、出歩かせるべきじゃないよな」
「うん、でもどうする?朝飯、食わないと午前キツいし…」
「わ…わたし、部屋で待ってるよ」
「いや、そうはいかねぇ」
「とりあえず、三郎と雷蔵と勘ちゃん、呼んでみるか」

幸い二人は早起きで、朝食までには時間があった。兵助に待ってろと言って、ハチが急いで部屋を出て行く。二人部屋に残り、わたしはいつも通りでも、兵助はなんだかそわそわしていた。

「兵助、いつも通りしてくれていいのよ」
「いや、そうもいかないだろ…いつも通りって」
「うーん…確かにそっか」

いつも通りと言うと、とりあえず頭を撫でて、お膝に抱っこ。ごろごろと喉を撫でられたり、そんなこと、今の状態じゃあできない。

「なまえって、そんな声だったんだな」
「うん。想像と違った?」
「いや、初めて聞いたのに、今までのなまえの声と同じみたいに聞こえて、違和感がないんだ。姿を見なかったら、普通になまえって受け入れてたかも」

そうなんだ。自分のことってわからないものなので、素直に感心しながら聞いていた。そしてやがて、部屋の外から急いだ足音が聞こえた。最初にハチ、そしていつものみんなが顔をだす。

「……っえ?女の子?」
「なまえちゃんが大変って言ったじゃないか、どういう…」
「………まさか」

勘のいい三郎が一番にそうつぶやく。雷蔵も勘ちゃんもはっとする。二人が促すようにわたしを見たので、わたしは口を開いた。

「おはよう、雷蔵、三郎、勘ちゃん。わたしがなまえ、なの」

動揺が一段落するまで、しばらく時間がかかった。





「三人とも、これで信じたな?」
「信じられないよ…ハチと兵助の順応性の高さが。私なら、起きて部屋に女の子がいたら、もっと動揺するね」
「二人は三郎みたいにやましいところがないのよ」
「おっと…そういうこと言うとこ、ホントなまえだな。これで信じられる」
「まあまあ三郎…」
「そうだぞ、これからどうするか考えるために俺たちを呼んだんだろ?」
「そう」

勘ちゃんの言葉に兵助が頷いて、ちらりとわたしを見た。

「なまえとばれずに部屋から出るには…やっぱり、変装しかないだろう」
「誰に?」
「誰かが途中こっそり入れ替わる、とか」

三郎らしい意見だった。でも食堂からここまでは、結構距離がある。ちょっと難しい、かな?

「いいよ、授業にさえ出なかったら、知らない顔が一人混ざっていても、生徒に気付かれやしないよ」

これまた、雷蔵らしい意見だ。考えすぎると、シンプルに考えすぎるのが雷蔵なのだ。

「そうかなあ…」
「あの、やっぱりわたし、部屋にいるから…みんなは授業あるんだし、しっかり食べてきて」
「駄目だって!」

引き下がらないのはハチの優しさだってことは、ちゃんとわかっている。でもどうしよう?

「そもそもどうしてばれたらまずいの?わたしが元人間って、ほとんどの人が知っているじゃない?」
「なんだかんだでみんな、本当に女の子の姿のなまえを見ちゃったら、にんたま長屋は駄目って言うぞ、きっと」
「そうかな…」
「そうだよ。それに六年の先輩なんかに見つかってみろ、騒がれるに決まってる」

三郎が、ふうとため息。なんとなく、三郎は六年生の先輩に敵対している感じがする。

「とりあえず、俺の予備の制服、着るか」
「それでいけそうなら男装かな」
「変装なら私に任せろ」
「じゃあ、着替えてくれるか、なまえ」
「え?」

あっという間に話が決まり、驚いているわたしをよそに、ハチの制服を残してみんなが部屋を出て行く。しばらくぽかんとハチの制服を見つめたあと、袖を通してみた。服は少し大きいけれど、なんとか着れる。出来上がった姿に、みんなに近付いたようで、少し嬉しくなった。

「着れたよ」

声をかけると、みんなが部屋に戻ってくる。なんとか合格点ということで、三郎にメイクをしてもらうことになった。男物の制服に変装メイク、そのままにしてある胸は問題にならないのだろうか…ということは考えないでおく。悲しくなるから。

「できた。なかなかいいじゃないか」
「自画自賛…わあ」
「どうだ、すごいだろ?」

いつものように言ってやろうと思ったのに、鏡の中の自分が別人のような顔になっていたので、思わず声が漏れた。男の子に見える。

「とりあえずこれで行って、なにか言う人がいたらいつもの三郎の口車でなんとかしよう」
「はあ、私任せか…まあなまえのためだ、一肌脱いで、言い訳を考えておこう」
「ありがと、三郎」
「よっしゃ、行くか!」

ドキドキしながら、わたし達は食堂へ向かった。





「お、五年生達。今日はなまえはどうした?」
「立花先輩……」

食堂で一番に出会ったのは、ちょうど出て行くところだった仙蔵先輩。三郎はいやそうな顔をしたが、これはいつも通りなので問題ない。

「なまえは寝坊っす」
「なまえが?今までしたことないだろう」
「珍しいですけど、昨日遅くまで寝れなかったみたいですから、寝かせておきました」
「そうか…それにしても、今日は新顔がいるな?」

目が合って、ギクリとそらす。仙蔵先輩の視線がこんなに鋭いなんて思わなかった。いつもわたしに向けるものではなく、品定めするような。

「お前、名前は?」

仙蔵先輩の言葉に、さっきの兵助の言葉がよぎる。話したらばれるかな?

「こいつ人見知りだから、そんな怖い目で睨まれたら、話せないんですよ。名前は鈴木太郎って言うんです」
「お前には聞いてないぞ、鉢屋」
「だから、人見知りのやつなんで。お腹が空いたので失礼します」

三郎が、わたしの腕を掴み、すたすたと食堂に入る。あとからみんながついてきたけど、仙蔵先輩が来る様子はなかった。でも、出て行く直前、ニヤリと笑った仙蔵先輩と再び目が合ってしまったわたしは、たぶんばれてただろうことを悟った。怖すぎる、仙蔵先輩。

「ひー、油断できねぇな、立花先輩」
「ま、気分を変えて、ご飯だね」
「わあ、わたし自分で取りにいくの、初めて」

わたしが喜んでいるのを、微笑ましく見てくれているみんな。雷蔵のように迷いすぎることもなく定食を選び、ドキドキしながらおばちゃんに挨拶をして、おぼんを受け取った。

「あら竹谷くん、今、なまえちゃん用にお料理切るわね」
「あ、今日はいいんす、なまえ寝坊だから」
「あら、そうなの、珍しいわね」
「いつもありがとうございます」
「いいのよ!それにしてもあんた、男の子にしては細いわねぇ!ちゃんと食べなさいよ!」

おばちゃんがおまけして、ご飯を山盛りつけてくれた。お残しせずに食べ切れるだろうか。





ご飯もなんとか食べ終わると、みんなは授業に向かう。

「気をつけろよ、あんまり出歩かない方がいいぞ」
「うん、わかったわ」
「土井先生にはうまく言っとくから、小松田さんから上手く隠れろよ」
「わかってる、小松田さんなら大丈夫」
「あと学園長な」
「みんな、ありがたいけど遅刻しちゃうよ」
「じゃあ行ってくるな」

ハチが、いつものように撫でてくれた。それが嬉しくて、わたしはふにゃっと笑う。

「なに、笑ってんだ?」
「ハチは、いつも通りね。なんだかそれが、嬉しくて」
「まあ……慣れてきたら、なまえはなまえだって思うしな」

ハチに抱き着きたくなったけど、我慢して、みんなを見送った。さて、これから小松田さんから隠れなきゃいけない。やっぱり、押入れの中?部屋で待っていたら、は組で授業を受ける前の気分になって、眠くなってきた。身体をちっちゃくして、押入れに潜り込む。遠くに小松田さんが騒ぎを起こすドタバタいう音を聞きながら、わたしは眠りについた。






「なまえー!朝だぞ!」
「ん…にゃあ…?」
「ほらほら寝ぼけてんなよ、飯行くぞなまえ」

スパーンで目が覚めて、グリグリと頭を撫でられ、ぼんやり目を開ける。お馴染みの低い視界に、髪と同じ色のふわふわした毛で覆われた前足。

「…にゃん?」
「は?夢?なんかいい夢見たのか?」

ハチの言葉に首を振った。残念なような、ホッとしたような。でもまあ、なにもない日常が一番なんだよなあ、なんて。すでにわたしの日常は、こんな毎日なのだった。



2012.2.22
猫の日ということで、あえて人間に戻るお話。そして夢オチでした。


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