今日は授業はお休みだけど、委員会の活動の途中でハチが怪我をしてしまったので、一応保健室に包帯をもらいにお使いに来た。保健室にはいつものように伊作先輩がいて、すぐに包帯をくれたんだけど、そのついでに煎じていた薬を派手にぶちまけたので、慌てて掃除道具を取りに出ていった。用事は終わったけど、保健室に人がいなくなるのはいかがなものかと思い、わたしはそのまま保健室で伊作先輩を待つことにした。

「ねえちょっと」

びくん、と体が跳ねる。誰もいないはずなのに、と部屋を見渡すけど、やっぱり誰もいない。

「こっちだよ」

声の示すままに上を向けば、真上にぎょろっとした目。よく見れば、天井からぶらんと逆さまにぶら下がっている人だった。片目を包帯で隠していて、真っ黒の忍者装束を着ている。服からして生徒ではないし、だからってこんな怪しい先生は見たことがない。一体、誰?

「さっきから見ていたら君、言葉を理解するどころか、話せるみたいだね」

いたって穏やかなその人は、ぶちまけられた薬をうまく避けて、綺麗にわたしの前に着地した。

「にゃあん」

あなたは誰ですか、と聞いてみる。

「本当に話せるのか。もしかしたら善法寺くんが一人で会話をしているのかとも思ったけど…あ、私は怪しい者じゃあない、ただのくせ者だよ」
「にゃー…」

いやいや、くせ者って怪しい者のことでしょう。

「ツッコミもできる猫なんて初めて見た。君の方こそ何者なんだ?」
「にゃん」

魔法使い、と悪戯っぽく言って、笑ってみせた。怪しい人だから、ちょっと威嚇的な意味で。しかしくせ者さんは、唯一見えている瞳を可笑しそうに歪めた。

「面白いことを言うね。冗談も言える猫か、気に入ったよ」

冗談じゃないんだけど、まあ、どうでもいい。

「ちょっと暇だったから遊びに来たんだが、予想外に面白いものを見れた。善法寺くんによろしく言っておいてくれるかい」

さっきから善法寺くん善法寺くんって、くせ者さんは伊作先輩の友達なのだろうか。だからわざわざ保健室に現れたのだろうか。本当によくわからない人だ。

「ああ、私が来ていた証拠にこれをもらって行こうかな」

天井に戻ろうとしていたくせ者さんが、くるりと振り返り、おもむろにわたしの首に手を伸ばした。咄嗟に目を閉じると、何かがしゅるりと解かれる感覚。

「次に会ったら返してあげるね」

はっとして目を開いたら、伊作先輩にもらったリボンを片手にもっているくせ者さんが、天井から顔を出していた。そしてわたしが何か言い返す前に、天井裏に引っ込んでしまった。そのすぐ後に足音が聞こえ、伊作先輩が戻ってくる。

「あ、ごめんよなまえちゃん。留守番させちゃったね」
「にゃあ!にゃあ!」
「え、何?どうしたの?」

しまった、興奮していて伝わってない。わたしはもう一度、でもかなり興奮したまま、くせ者さんの話をした。

「ああ、その人はタソガレドキ城の忍組頭の雑渡昆奈門さんだよ」

やっぱり知り合いだったんだ。それにしても忍組頭って、なんだか偉い人っぽい。

「でも、あの紐を持っていかれたのはちょっと残念だなあ。せっかくの記念だったのにね」
「にゃーん」
「次に会った時に返してくれるらしいけど、次っていつだろうね」
「にゃあ…」
「あ、引き止めていてごめんね、竹谷くんを待たせてるんだったよね!それじゃあ、また」

伊作先輩にお礼を言って、保健室を後にする。なんだか今日は疲れたなあ。


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