わたしが話せるようになったことは、わたしが人間であることが広まった時とは比べものにならない早さで広まった。やっぱり、元々わたしの存在が知られているかいないかでは、大きな差があるらしい。みんなわたしを見付けては、感動しながら会話をしてくれた。最近はやっとみんなもわたしも慣れてきて、会話をすることに違和感を感じなくなった。人間らしさへの大きな一歩だ。




「なまえさん、ばいばーい」
「にゃあん」

手を振るは組のみんなにバイバイと答えて、ふらふらと学園内を歩く。今日は五年ろ組は実習で出掛けているし、い組は試験で時間がかかると言っていた。内容があまり進まないくせに定時に終わる一年は組よりは、絶対に遅くなるだろう。そこで、この広い学園をまだあまりよく知らないわたしは、散策に出かけることにしたのだ。

今までのわたしの生活範囲は、にんたま長屋、食堂、は組の教室、お風呂、程度に限られていた。たまに足をのばして、馬小屋や学園長の庵に行くこともあったけど、学園の裏側は未体験ゾーンだ。わたしは食堂の横を通り越して、ずーっと真っ直ぐ進んだ。今では慣れた学園のはずなのに、見慣れない風景が続き、わくわくしてきた。ホグワーツにも、まだまだ知らない場所はたくさんあったんだ。そんな風にちょっと里心が顔を出していたとき、ふと風の匂いが変わったのに気付いた。潮の香り、かな。わたしが匂いの強い方へ歩いていると、あ、と声がした。

「なまえちゃーん」
「にゃん!」

後ろから、私服の勘ちゃんが歩いてきた。わたしもしっぽを振って応える。

「にゃあん?」
「試験?もう終わったから、さっさと退室してきちゃった」

やっぱり勘ちゃんは頭いいんだ。

「ちなみに兵助は完璧主義だから、何回も見直ししてる。俺、大雑把だからさ」
「にゃあ?」
「ああ、何してたって?暇だし散歩でも行こうと思って。なまえちゃん、一緒に行く?」

わたしが頷くと、勘ちゃんはわたしに並んで歩きだした。しばらく行くと、いつもと違う門にたどり着く。

「こっちから出たことある?」

わたしは首を横に振る。勘ちゃんはにっこり笑って、門を押し開けた。

「おっと、なまえちゃんの分の外出届を出してないけど大丈夫かな?こっそり行くか」

小松田さんの気配を感じたのか、勘ちゃんはわたしを服に隠して、そっと学園の外に出た。相変わらず潮の香りがする。

「脱出成功!行こう、海が近いんだよ」

勘ちゃんは学園が見えない距離まで来ると、わたしを降ろして走り出した。わたしもそれを追いかける。波の音がする。とても心地いい。しばらく走ると林が見えて、その向こうに白と青のコントラストが見えた。砂浜と海。人はあまりいなくて、静かだ。

「今日は兵庫水軍の人はいないのかな」

勘ちゃんは砂浜で足を止め、サラサラの砂に腰をおろした。わたしも隣に座る。こんなに近くに海があるなんて知らなかった。イギリスにいた頃も海に行くことは少なかったし、ホグワーツなんて山の中だから以っての外。久しぶりに見た海は、澄んで綺麗だった。

「俺さあ、なまえちゃんにあの時会えてほんと幸運だったな」
「にゃん?」
「会話の練習はもちろん楽しかったけど、こんなにたくさんの人がなまえちゃんと話したがるのに、その一番が俺だったって、すごくない?実は自慢なんだ」

ちょっと恥ずかしくなって、勘ちゃんから目を逸らした。なんてストレート。

「でもなんかもったいないから、雷蔵達以外には秘密の自慢ね」

ああ、もう!ウインクする勘ちゃんは、可愛すぎた。わたしも勘ちゃんにあの時会えてよかったよ。きっとハチや兵助や雷蔵や三郎や他の誰でもなく勘ちゃんと練習したから良かったなんて、結果論だけど、本当にそんな気がするのだ。わたしも勘ちゃんと特訓したことは、密かな自慢にしようと思った。


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