翌日。ふすまがスパーンと鳴って、ビックリする。このいい音を鳴らせるのはハチくらいだ。ふるふると首を振って目を覚まして、外を見上げると、にっこりしたハチ。もしかして三郎の変装じゃないかと思ったけど、ハチの向こうに三郎と兵助と雷蔵が見えたので、本物だ。
「にゃん?」
「ついさっき帰ってきたんだ!」
ぐりぐり頭を撫でられて、ハチだなと実感した。おかえり二人とも、
「にゃあ!」
「ああ、ただいま!」
「…ん?」
「あれ?」
おかしいことに気がついてずいっと寄って来た兵助と、一瞬遅れてきょとんとした顔をしたハチ。わたしはふふんと得意げな顔をしてみせたけど、猫の表情でどこまで伝わったかはわからない。
「今、はっちゃん会話したよな?」
「…した」
二人の後ろで、雷蔵と三郎が声を出さないように笑っているのが見えた。
「俺疲れてんのかな?なまえに会いたくて急いで帰ってきたからか?」
「にゃあん」
「いやいや、だって猫はしゃべんねーもん」
「にゃーお」
「確かに、なまえは人間だけど」
「ハチ、兵助、なまえは本当に話せるようになったんだよ」
話が進まないので、雷蔵が説明をした。勘ちゃんとわたしがこっそり特訓をしたこと。全部聞くと、二人はちょっと残念そうな顔をした。
「それなら、俺達が教えたかったよな」
「そうだよ!学園長、タイミング悪いなぁ!」
「そんなこと言ったら、私だってちょっと悔しいよ。勘右衛門はなまえと面識なかったんだし」
「でも、それだからこそ練習しやすかったのかもしれないよ。こうしてなまえと話ができること、僕は勘右衛門に感謝してるよ」
にっこり。雷蔵の天使の笑顔に、みんなそれ以上何も言えなくなってしまった。それから、なんとなくみんな雷蔵につられて笑顔になって、穏やかな感じで食堂に向かった。
「今日は何食おうかな!」
「豆腐!」
「兵助は黙ってろよー」
「あ、立花先輩だ」
「げ」
ワイワイしていたみんなが、雷蔵の一言でしんとした。こっちに気が付いた仙蔵先輩は、おお、と片手を挙げた。
「なまえと五年生か。おはよう」
「おはようございます」
三郎のぶすっとした返事に、仙蔵先輩は満足そうな笑顔を見せた。わたしもにこっとしてみせると、先輩は頭を撫でてくれて、そのまま教室の方へ向かった。もう食事は済ませたんだろう。
「あれ、立花先輩は知らないのか?なまえが喋ること」
「そういえば、言ってないよな、なまえ?」
わたしが頷いて、他の人よりも先にハチと兵助に教えたかったと言えば、二人に思い切り押し潰された。
「なんか、早く帰ってきてよかった」
「なまえ、そういうとこほんと可愛いよなぁ!」
「にゃあ」
「やっぱなまえ、ちょっとハチと兵助贔屓だよな」
「三郎、寂しいんでしょう」
「ち、が、う!」
くすくす笑う雷蔵と、いじけたような顔の三郎。三郎も雷蔵にだけは、敵わないのだ。だいぶ空いている食堂で席をとって、みんながご飯をもらいに行ったのを待っていると、勘ちゃんが入ってきた。
「おはようなまえちゃん」
「にゃーん」
「あ、兵助達帰って来たんだね」
並んでいる二人を見て、勘ちゃんが笑った。
「俺も相席していい?」
「にゃあ!」
「ありがとう」
腰掛けた勘ちゃんの前に、ぽんとおぼんが置かれた。
「勘ちゃんおはよ」
「おはよう兵助、これいいのか?」
「勘ちゃん見えたから、一緒にとってきた」
「ありがとう!」
勘ちゃんはわたしの正面、兵助がわたしの隣という形で席は落ち着いた。
「いただきます」
「いただき…ん?なんか俺の、おかず少なくない?」
「あ、なまえの分ははっちゃんが持ってくるって」
「ねえ兵助、これ何セット?」
「なまえ、お茶でも飲んで待ってろよ」
「なんで兵助、豆腐二つあるの?」
「…て、手数料」
ちょっと気まずそうに目を逸らした兵助のお皿から、勘ちゃんが一瞬で豆腐を掻っ攫った。まるでカラスのように素早い正確な動きにわたしは感心した。兵助が泣いたことは、言うまでもないだろう。