「あ、ヘムヘムー」

ヘムヘムと話しながら長屋へ戻っていると、前から手を振りながら走ってくる人影。見たことのない男の子だった。装束の色はハチ達と一緒の五年生のもの、つまりわたしと同じ年だ。

「ヘム?」
「吉野先生が探してたよ」
「ヘム、ヘム?」
「さっきは食堂の近くにいたけど…探し回ってたから、今はどうかな」
「ヘム!」

ヘムヘムは男の子にお礼を言うと、食堂の方へ走って行った。残されて、自然と目が合うわたし達。

「ええと、君は…もしかして、兵助達の友達の?」
「にゃん!」
「ああ、やっぱり!なまえちゃん、だっけ?俺は兵助と同じ五年い組の、尾浜勘右衛門って言うんだ」

おはまかんえもん。そういえば、兵助の話にたまに勘ちゃんって名前が出てきたような気がする。知らない名前だからよく聞いていなかったけど、クラスメイトだったのね。

「なまえちゃんは人間だったって、本当?」
「にゃあ」
「それに、外国から来たんだってね?」
「にゃん、にゃあん」
「いぎりす?知らないなあ」

あ、あああ、あ。

「…にゃん?」「へ?通じてるの、って…ああ、そういえば。でもなまえちゃん、人間だったんだろ」

通じた、通じた、通じた!ヘムヘムって魔法使いだったのだろうか。どうして、どうして、わたしはずうっとこうして話がしたいと思っていたし、気持ちを込めて話しているつもりだった。もちろん今のは、いつもよりも意識して話しかけたけれど、何故いきなり。呆気なさに呆然としてしまった。ふにゃりと笑っていた勘ちゃん(て、呼ばれてるんだよね)は、動きを止めたわたしを見て、心配そうな顔になり、しゃがみこんだ。

「どうかした?大丈夫?」

わたしはぎこちなく頷いた。けれど、勘ちゃんはまだ心配そうな表情のままだ。わたしがぼーっとしたままだったからだろうか。勘ちゃんは体を起こし、わたしの隣に腰をおろした。

「出会ってばかりでこんなことを言うのはあれだけど、何か悩みがあるなら聞くよ」

わたしは勘ちゃんを見上げた。視線が合い、にこりと微笑まれる。優しい、暖かい笑顔だ。勘ちゃんになら話しても、相談しても、いいかなあ?

「にゃあ、」

この話はうそみたいな話で、ハチにも兵助にも話してないの。聞いてくれる?

「うん」
「にゃあ、にゃん」

それと、今からする話は、まだ誰にも話さないで欲しいの。我が侭だけど、それも、約束してくれる?

「うん、約束するよ、話して」

勘ちゃんが笑った。わたしは勘ちゃんを信用しようと決めた。



わたしは全部全部話した。わたしが魔法使いであること、猫になれるのも魔法であること、でも今は戻ることができないということ。ジェームズやシリウスのことも、ここに来るに至った経緯も話した。そして、今、どうして急に言葉が通じるようになったか驚いていることも。こんなに初めの方から説明する必要はなかったかもしれない、でも、初めて人に話して、わたしは随分すっきりした。反応から言っても勘ちゃんは確実にマグルだろう。もしやばかったら、魔法省がどうにかしてくれるかな。全て話すには時間がかかって、聞き終わった後に勘ちゃんは大きなため息をついた。

「本当に、うそみたいな話だ」

わたしは黙って頷いた。

「でも、俺はなまえちゃんのこと信じるよ。嘘言ってるようには見えなかったし、実際にわけが分からないことだらけだもんな」

そう言って、勘ちゃんが笑ったのを見て、ほっとした。頭がおかしいとか思われたら、どうしようかと思っていたのだ。

「でも、今の話聞いたら、別に言葉が通じることに疑問はないと思うんだけど。だって、魔法って俺よくわからないけど、会話できたのはなまえちゃんが魔法を使えるからじゃないの?」
「にゃあ!」
「ああ、そっか、兵助達には通じてなかったのか…それは確かに不思議かも」

勘ちゃんって実は天然系なのだろうか。ワンテンポずれているような気がした。

「でもヘムヘムに言われて意識したことは、関係あると思うな」
「にゃん?」
「え、ヘムヘム?ヘムヘムは確か、若い頃の学園長に調教されたって聞いたよ。学園長は本当に腕のいい忍者だったって聞くし」

それならやっぱり、ヘムヘムの言葉が通じることとわたしの言葉が通じることは別物と考えた方がいいのかな。

「でもさ、別にそんなに悩むことないと思うけど。だってなまえちゃんはみんなと話がしたかったんだろ?言葉が通じる以外にもはっきりしないことはたくさんあるんだから、それだって気にせずに、素直に喜んだらいいんじゃないか?いい方に考えた方が絶対に得だよ」

勘ちゃんが、足をぶらぶらさせながら言った。勘ちゃんはポジティブだ。でも確かに、意味不明なことは他にもたくさん起きている。このことだけにこだわって悩むより、サラッと受け入れてしまった方が楽なのかも。勘ちゃんに全部聞いてもらえたおかげで、わたしも少し心に余裕ができたかもしれない。

「にゃあ!」
「お礼なんていいよ、不思議な話を聞けて俺も楽しかったし。また悩みがある時は、俺で良ければ、聞くからな」

一度にっと笑うと、勘ちゃんは立ち上がった。咄嗟にわたしは、その足を押さえていた。

「ん?」
「にゃん、にゃあ」

会話の練習に、付き合ってくれない?わたしの言葉に、勘ちゃんは怪訝そうな顔をした。勘ちゃんにとっては、わたしの言葉が通じることは自然かもしれないけれど、わたしにとってはまだ慣れない行為だ。ちゃんと通じているのか不安もある。どれくらいで通じるのかもよくわからない。勘ちゃんと一緒に特訓して、しっかり会話できるようになってから、ハチ達にはお披露目したかった。我が侭なお願いを、しかし勘ちゃんは再び笑顔で承諾してくれた。

「もちろん、いいよ。俺もなまえちゃんと、もっと色々話したくなった」
「にゃん!」
「うん、頑張ろうな!」

勘ちゃんの言葉に、大きく頷いた。ハチと兵助が準備していた荷物の量から、きっと二人のお使いは泊まりになると思う。二人が帰ってくるまでに、習得できるかな?


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