五年生のみんなと過ごす日々の平穏さと言ったらない。むしろ刺激が足りなすぎじゃないかと思えるほどだった。六年生の先輩達がエキサイティングすぎたからだろう。まあわたしには、五年生の雰囲気が一番だ。それはこの数日で、改めて実感した。



今日は、お休みの日だと言うのに、朝からハチも兵助も忙しそうにしていた。私服に着替え終わり、色々準備をしている二人の邪魔にならないよう、机の上に乗る。

「それにしても、災難だったなー、兵助」
「ほんとだよ」
「にゃん?」
「朝に火薬倉庫の見回りをしてた時に、偶然学園長に会っちゃってさ。遠くの村に住んでる古い友人に荷物届けて欲しいって頼まれたたんだ」
「五年は長い校外実習が終わったから、数日休みがもらえるからな」
「何のための休みだって言うんだよ。体休める為じゃないか、なあ、なまえ?」
「まあまあ、俺も付き合うからさ」

どうやら二人でお使いに行ってしまうらしい。それなら、雷蔵達の部屋に行こうかな。そう思っていた時、部屋の外から足音が聞こえた。兵助が来たきた、と言ったので、雷蔵達かなと思ったけれど、違った。姿を現したのは、頭巾を被った犬である。

「ヘム、ヘムヘム!」
「ああ、ありがとうヘムヘム」

変な鳴き声の犬はヘムヘムと言うらしい。兵助に、例の荷物を届けに来たみたい………ん?

「にゃあ!にゃあ!」
「お、どうした?なまえ」
「にゃあ!」
「ああ、ヘムヘムに会うのは初めてだったか?学園長の忍犬で、頭いいんだぜ」

わたしがヘムヘムを指して必死に鳴くのを見て、ハチが笑った。違う、違う、そうじゃなくて。わたしは机の上にあった紙に爪を走らせた。

「どうしてはなしができるの、って、ああ、そういうことか」
「そういえば、そうだよな」
「ヘム?」

わたし達三人(二人と一匹だけど)の視線がヘムヘムに向いて、ヘムヘムは怪訝そうな顔をした。

「にゃん、にゃあん?」
「ヘム…ヘムヘム」
「にゃあ!」
「ヘムヘム…」
「すげ、会話してる」

わたし達の会話を見て、兵助がぼそりと言った。猫と犬の会話、確かに珍しい光景だろうな。ヘムヘムの言葉はわたしにもわかるし、ヘムヘムもわたしの言葉を理解していた。いったい、どんな忍術なのだろうと思い聞いてみても、ヘムヘムは忍術じゃないと言う。気付いたら、会話できるようになっていたらしい。羨ましい、わたしだってハチや兵助や雷蔵や三郎と話したい。

「いいなあヘムヘム、なまえと会話できて」

ハチが、少し寂しそうな顔で、ぽつりとつぶやいた。

「俺や兵助は、察してやるか、筆談でしか話せねぇもん」
「にゃあ」
「なまえが人間だった時は、どんな声だったんだろうな」

ハチがぽんぽんと頭を撫でる。わたしも、みんなと話がしたいよ。よく考えたら、今のヘムヘムとの会話は、わたしにとって久しぶりのまともな会話だった。

「ヘム…」

なんだかしんみりしてしまったわたしの背中に、ぽんとヘムヘムが手を置いた。

「ヘム、ヘムヘム」

ついておいで、とヘムヘムは言った。そして、部屋を出ていく。ハチと兵助をちらっと見ると、行っておいでと言われた。わたしは頷いてから、二人が出掛けるまでに戻って来れないかもしれないので、紙にいってらっしゃいと書き、ヘムヘムを追って部屋を出た。



ヘムヘムは長屋を出て、人がいなくて静かな学園長の庵で立ち止まった。わざわざ人気のない場所で話すなんて、よっぽどすごい話なのだろうか。わたしは身構えた。

「ヘムヘム」

人と話せるようになるにはね、

「ヘムヘム、ヘム」

心を込めて、話しかけることが大切だよ。…え、それだけ?わたしはいつだって心を込めて話しかけているつもりなのに。

「ヘム、ヘムヘム、ヘム!」

初めのうちは、もっともっと、それこそテレパシーを送るつもりで話すくらいがいいらしい。あとは、練習あるのみ。ヘムヘムはそう言って、胸を張った。そんなオカルトみたいな方法で上手くいくものだろうか。でもとにかく、ヘムヘムを信じて、しばらく練習してみようと思う。


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