夜、夕食も食べ終わって、お風呂に行く準備を始めようとしたハチと兵助は、はっとしてわたしを見た。

「…なまえ、風呂はどうする?」

もちろん入りたいけど、二人に連れていってもらう訳にも行かない。だって、男風呂だし。大体、生徒が入るお風呂に猫を入れさせてもらえるかも微妙だ。

「くのいち教室に、特に知り合いもいないしな…」
「生徒の入浴時間が終わった後で、こっそり行くか?」
「いや、生徒の後は教師が入るから無理だな。時間もバラバラでくるし」

うーん、と考え込む二人。なんだか申し訳なくて、わたしは紙を引っ張ってきて、お風呂が無理なら水浴びで我慢する、と書いた。

「いや今の季節に水は無理だろ。風邪ひいたら大変だし」

ハチにすぐに却下された。確かに今は秋も終わり頃だ。でも、気づかってくれる優しさは嬉しいけど、お風呂に入れないとなると辛い。

「もう大人しく、この猫は本当は人間です、って言うか?」
「誰に?」
「…小松田さんとか?」
「小松田さんじゃどうにもならないだろ」
「じゃあ誰ならいいんだよ」
「うーん…山本シナ先生、とか…」

小松田さんはなんだか酷い扱いだ。山本シナ先生って、誰だろう?

「ああ、なるほどな…でもさ、先生になまえが女の子って言ったら、くのたま長屋で暮らせって言われるかもしれないぞ」

ハチが、思いついたように言った。よくわからないけど、ハチや兵助とは別のところで暮らすことになるかもしれない、ってことだろうか?それは、不安だ。兵助もそれを聞いて、確かに…と唸った。

「年齢言わなきゃ大丈夫じゃないか?」
「うーん…微妙だな」
「とにかく、聞いてみるしかないだろ。それ以外にいい案が浮かばないし…」

というわけで、結局わたし達は、山本シナ先生という人を探しに、部屋を出た。




シナ先生は、馬小屋にいた。ハチと兵助が近付くと、すぐに気が付いて出てきた。辺りは暗闇だし、二人の足音は抱っこされていたわたしにも聞こえなかったのに、さすが先生だ。そんなシナ先生は、スレンダーですごい美人のお姉さんだった。

「私に何か用?」

シナ先生の凛とした声。ハチと兵助も、あまり話したことのない先生らしく、少し緊張しながらも、わたしのことを説明した。冷静そうなシナ先生も、初めは驚いて信じてくれなかったけど、ハチと兵助の必死な姿を見て、真面目に話を聞いてくれた。

「なるほど、つまり、彼女の入浴をどうしたらいいか、と」
「は、はい」

シナ先生は腕を組んで、ふう、とひとつ、ため息をついた。

「わかりました、私もその子と色々話してみたいので、私が一緒に入れてあげましょう」
「本当ですか!」
「ただし、にんたま長屋への出入りは…」

輝いた私達の顔が、一瞬で凍り付く。

「禁止…」
「ちょっと待って下さい!」

シナ先生が言い切る前に、それを遮る声がした。ハチでも兵助でもない。声の方を見れば、三郎と雷蔵がこっちに走ってきていた。

「その子、外国生まれなんです」
「聞いたわ」
「実は、一年の福富しんべヱ君の親父さんの貿易相手の娘さんで、忍者の文化を学ぶ為に日本に来てるんです」

シナ先生が、ん?と眉を潜めた。突然の三郎の乱入に、いまいち話について行けないみたいだ。というか、わたしもついて行けない。福富しんべヱ君、って誰?

「だから初めはしんべヱ君の部屋にいたんですけど、まだ一年生だから、課題なんかと世話の両立ができなくて。それで、竹谷のところに、世話を頼みに来たんです」
「どうして竹谷君なの?」
「ほら、竹谷は生物委員会の委員長代理なので!しんべヱ君も、父の大事な貿易相手の娘さんを、信頼できる人の元に置いておきたかったんでしょう。竹谷が動物に対して学園一優しいというのは有名ですし、竹谷の親友のこの私が保証します」
「そ、そう…」
「そういう理由もありますし、なまえが随分竹谷になついているのも事実です。もちろん竹谷は人間に対しても優しいですから、なまえもその竹谷の雰囲気が落ち着くんでしょう。遠い異国から一人日本に来て、きっとなまえは不安もあったかと思います。先生、どうか、なまえの為にも、竹谷達に世話を任せてやってくれませんか?」

言い切った三郎が勢いよく頭を下げた。慌てて、雷蔵と兵助もそれに習う。シナ先生が、ちら、とわたしの方を見た。ハチに抱かれたままだったわたしは、ハチの服をちょっと掴んで、頷く。それを見たハチも、お願いします、と頭を下げた。さすがにもうシナ先生も、反対することはできず、もう一度ため息をついた。

「わかりました。では、これから生徒の入浴の時間が済んだら、なまえさんは私の部屋に来るように」

ハチの腕の中のわたしを一度撫でると、シナ先生は校舎の方へ戻って行った。その背中を見送っていたわたしの後ろでは、四人が歓声を上げていた。

「すげーな三郎、よくあんな嘘、咄嗟に思い付くな!」
「しかもあの山本先生相手に」
「まあな!」

ハチと兵助に口々に褒められて、三郎は得意気だ。

「でも山本先生がしんべヱ君に確かめに行ったらどうすんだよ?」
「大丈夫、協力してくれるよう、既に頼んである」
「でもほら、しんべヱ君ってあのぼーっとした感じの子だろ?大丈夫かな」
「大丈夫!きり丸君にも、銭をちらつかせながら頼んだからな。彼は元々口が上手いし、銭が絡むと本当にいい働きをしてくれる」
「さすが三郎!」

わたしも三郎に近付いて、感謝の意味を込めて、その足に頭をぐりぐりとした。気付いた三郎が、少しだけ照れ臭そうな笑顔を見せたので、ああ三郎もこんなかわいく笑うのか、なんて思ったりした。


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