「久々知くん」
「善法寺先輩?」
立ち塞がったのは、ゼンポウジ先輩という人らしい。緑の制服で、綺麗な感じの人だった。
「何ですか?」
「動物を触ったなら、食事の前に丁寧に手を洗わなくてはいけないよ」
「はあ」
善法寺先輩は、洗わないとどうなるか、という話を始めた。長いし、難しい日本語が多く、よくわからない。兵助を見ると、聞き流しているようだった。三郎は、苦笑いしている。しばらくして、ようやく善法寺先輩の話が終わると、兵助はぐうぐう鳴るお腹を押さえながら、ご飯を貰いに行った。三郎と二人になったので、ご飯を食べている三郎の膝を、ちょんちょんとつつく。三郎がこっちを向いたので、わたしは前足で善法寺先輩を示して、にゃあと鳴いた。
「?…ああ、あの人のことを聞いてるのか?」
「にゃん!」
「あの人は六年生の善法寺伊作先輩。不運な人が集まる保健委員会の委員長で、不運委員長とも言われてる。いい人だけど、近くにいたら不運に巻き込まれるかもな」
そう言いながら、三郎は焼き魚を一口とって、わたしにくれた。わたしはありがたくそれを貰って食べながら、少し遠くの席に座っている善法寺先輩を見た。どうやら、彼は焼き魚を落としてしまったみたいだった。メインのおかずなのに、可哀想に。不運ってこういうことかな。
「ほらなまえ、もう一口」
上から三郎の声がしたので、見上げてあーん、として待っていたら、また魚をくれた。三郎が美味いか?と聞いてきたので、頷くと、三郎はにっと笑った。と、そこに、ハチと兵助が戻ってきた。
「雷蔵まだ?」
「まだ」
苦笑いの二人が、わたしと三郎の正面に座った。ハチのは三郎と同じメニューで、兵助は違うやつだ。ハチは適当にほぐした魚や野菜を、小さいお皿に取って、わたしにくれた。にゃーん、とお礼を言ってから、それを食べる。ハチは、いっぱい食えよ、と笑った。相変わらずキラキラしていた。
わたしが小皿の中身を食べ終わって、ふと兵助のおぼんを見ると、白い何かだけ残して、綺麗にたいらげていた。白いものは、わたしの見たことのない食べ物だった。嫌いだから残すのかしら、と思っていたら、兵助は幸せそうな顔でそれに手をつけた。ああ、好きだからとっておいたのね。
「にゃあ」
「ん?」
また、三郎の膝をつつくと、三郎が顔を寄せてきた。兵助の食べている白いものを指して、首をかしげると、三郎がああ、と言って苦笑いした。
「兵助は豆腐小僧なんだ」
「…?」
「は?俺が何?」
「いや、別に?」
わたしがますますわからない、という顔をしていると、兵助が少し怒ったように、三郎に聞き返した。三郎は、ニヤニヤと言い返した。トウフコゾウって呼ばれるのが、嫌なんだろうか。というか、どういう意味?
「にゃーあ」
わたしは首を横に振る。
「へ?何が言いたいんだ?」
三郎は少し困ったような顔をした。兵助がずっと睨んでいたので、兵助の方を向かないようにしているようだった。わたしは椅子に、爪で一文字一文字、ひらがなを書いてみせる。三郎は一文字一文字、読み上げる。
「あ、の、た、べ、も、の、は、な、に、…ああ、なまえは豆腐を見たことなかったのか」
「えー!それはもったいない!なまえ、一口食べてみろ!」
三郎の言葉を聞いて、すぐに兵助が身を乗り出してきた。兵助の箸には、トウフが一口。大人しくそれを貰うと、不味くはないけど、もったいないというほど、とても美味しいわけでもない。普通に、おいしい。わたしの微妙な表情を見て、兵助は少し残念そうだった。
そうしてみんなが食べ終わって、食堂にも人が減ってきた頃、雷蔵がおぼんを二つ持って、わたし達のところに来た。
「あ、なまえ、おはよう。迷ったから結局両方にしたよ」
雷蔵は一番しっかり者かと思っていたけど、そうでもなさそうだ。