あれからどれくらい経ったか、あまりしっかり把握していない。あっという間だった気もするし、気が遠くなるほど月日が経ったような気もする。マリアは未だ現れず、オレは一人で毎日を淡々と過ごす。

仕事もちょくちょくあった。旅団のやつらは、マリアの話を振ってこなくなった。なんとなく察したのかもしれない。今日も、メールを受けて指定の場所に向かうと、待っていたマチが黙って紙を渡してきた。前は、なんやかんやからかわれたんだが。

「掃除か」
「ああ。人数は多くない。さっさと済ませちまうよ」

素っ気ないマチに頷き紙を見る。そして目的の場所を見て、少し眉をひそめた。マチもそれに気付く。

「…まあ、場所には思う所もあるかもしれないが…」
「いや…さっさと行くぞ」

前のマンションのある街。マチは一回来たから知ってる。変に気を遣われるのもややこしいから、オレは先に立って走り出した。

正直オレは結構平気だった。あれからしばらく経って、あいつとまだ再会できてなくても、多分いつか会えるだろうし。





二人で少人数相手だったこともあり、仕事はすぐ終わった。

「報告はあたしがしとく。フィンクスはさっさと帰りな」
「おー、任せた」

目的地だった、アジトに使われていた家でシャワーを浴びて、返り血のついた服も着替えて、いつも通り解散した。さっさと帰りなと言われたが、足はマンションに勝手に向かっていた。あいつとの散歩で何回も何回も歩いた道だ。夕方の公園には子供がたくさんいた。さっきまでの殺伐とした空気からは考えられない、安穏とした雰囲気。マンションの前まで来て、前にオレ達が住んでた部屋のベランダを見上げた。今は家族が住んでんのか、子供服やワイシャツなんかが干されて揺れていた。

「あら、あなた…」

突然後ろから声をかけられたのは、その時だ。聞き覚えがあり振り返る。

「確か、マリアちゃんの…?」
「あ、…」

散歩でマリアが仲良くなって、会う度に話していたおばさんだった。オレは別に喋った訳じゃねぇが、お互い顔はわかる程度に覚えていた。野菜の入った袋を腕にさげてるから買い物帰りか。

「久しぶりねぇ、お引越ししたんでしょ?」
「あ、ああ…」
「マリアちゃんとは?…喧嘩しちゃったの?」

一緒にいないからか、そんなことを聞かれる。詮索好きなのは鬱陶しい。

「いや…いろいろあんだよ」
「あらあら…でもマリアちゃん、寂しそうにしてたわよ」
「………は?!」

オレの食い付きに驚いたのか、おばさんは目を丸くして一歩引いた。

「あいつを、見たのか?!」
「なあに、居場所も知らないの?おばさんが言っちゃっていいのかしら」
「ど…どこだよ!」
「商店街の一本外れた道に、お花屋さんがあるでしょ?マリアちゃん、最近そこでバイトしてるのよ。この時間だともう、終わってるかもしれないけど…」
「花屋…あそこか」
「ふふふ、頑張ってね!」

走り出したオレの後ろでおばさんが笑ってるのがわかり少し恥ずかしくなった。




夕飯の買い物かなんかで賑わう商店街から一本外れた静かな道。住宅のが多いその道に花屋はある。少し離れて様子を見たが、マリアの姿はなかった。帰ったんなら、どこだ?あのマンション?部屋はどこだ?明日もここで働いてんのか?どうする?

「…フィン、クス?」

小さな声に、はっと思考が戻ってくる。今、オレの目の前に立ってるのは。

「…マリア」


もう一度あいつを見つけた





「ほんとうに、フィンクス、なんですね……」

オレの声を聞いたマリアは泣きそうな顔をして笑った。前と同じ白のワンピースを纏ったマリアは少し痩せたようだった。オレも目が熱くなって、言葉が出なくて、ただマリアを見つめた。

「フィンクス…わたし、あなたに会ったら言いたいことがたくさんあって、でも一番に、っ!」

喋り途中のマリアを抱き締めたら、マリアは驚いたように言葉を止めたあと、ゆっくりと腕をオレの背中に回した。

「…一番に、ありがとうって言おうと決めていたんです」

抱き合ったまま顔だけ上げたマリアは泣きながらも、幸せそうな笑顔を浮かべていて。オレも頼りないような泣きそうな顔のまま、返す。

「オレもマリアに会ったら最初に言う言葉は決めてた」
「何ですか?」
「……おかえり」

マリアから教えられたこの習慣。ああ、確かに大切なものだと思った。マリアが帰ってきたと実感した。

「…ただいまフィンクス…大好きです」

呟いたマリアにキスを落とす。すぐに離れて、真っ赤になりながらも離れようとはしないマリアを見て、もう絶対に離さないと決めた。オレが、守る。


120330 完結


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