マリアがいなくなってから、一ヶ月。ほとんど昔の生活に戻り、毎日は嘘みたいに早く過ぎた。

そんなある日、いつものようにオレが夕方にテレビを見ていると、部屋のドアがノックされた。放っておけば帰るかと思い、無視していたが、結講しつこい。いい加減イライラしてきて、一発ビビらせてやるかと立ち上がってドアの方を向いた時、そこに人がいて、しかも目が合って、オレの方が一瞬たじろいだ。

「ご在宅である旨は、確認済みです。失礼ながら、勝手に上がらせて頂きました」

咄嗟に殺す気にならなかったのは、そいつが全身真っ白い服を着ていたから。マリアと初めて会った時のことがフラッシュバックする。あいつも最初は、勝手にうちに上がり込んでたんだ。

「誰だ?」
「お察しかもしれませんが、神様の見習いをしている、ミカエルと申します」

名乗った男は慇懃に一礼する。が、顔は全く笑っていない。愛想のない挨拶だ。

「何の用だよ。布教なら間に合ってんぞ」
「存じ上げています。本日は、フィンクス様にお届けものがあり、参りました」

目付きの鋭い神様見習い、ミカエルは、肩からさげていた鞄から一通の真白い封筒を取り出した。

「マリアからの預かり物です」
「マリアから…!?」
「落ち着いて、まず私の話を聞いて下さい」

受け取った封筒をすぐに開けようとすると、ミカエルから止められた。苛ついて睨みつけても、動じない。

「何を聞けってんだ?」
「何故、それを私が届けに来たと思いますか?」
「無視かよ…んなの、知らねぇよ」
「…マリアは、フィンクス様が神様を信じて下さったことで、見習いの体に戻りました。しかし彼女はその後、自ら、人間になることを望みました。随分時間をかけて神様を説得して、彼女は人間として下で生きることを許可されました」
「…それ……ほんとか?」
「本当です。彼女は何も持たない状態で生活を始めることを条件に、ここではないどこかへ降ろされました。ただフィンクス様にだけはどうしても伝えたいことがあるのだと、手紙を託して行ったのです」

無愛想なミカエルが、呆然と話を聞いていたオレの手の中の封筒をチラと見た。

「…彼女はずば抜けて信仰心が強く、真面目で優秀でした。そのマリアをあそこまで変える影響力のある人がどんな人間なのか気になって、手紙を届ける役を買ってでましたが…」
「…なんだよ」
「いえ。私にはわかりませんが、彼女にとっては、貴方にそれだけの影響力があったのでしょう…こんなことは前代未聞です。私にマリアの選択を、正しい、間違っている、と判別する権利はありませんが、マリアはマリアにとって一番幸せな選択をしたのだと思います」

ミカエルは、マリアとは似ても似つかぬタイプのやつだが、なぜかどことなく、マリアとダブった。この、どストレートさのせいだろうか。

「神様を信じきれなかった彼女を、尊敬はしません。が、少しだけ、羨ましくは思う……さて、フィンクス様も早く手紙を読みたいでしょうから、私はこの辺りで失礼させて頂きます」
「お、おお…」

今度はドアを開けて出て行こうとするミカエルを、ふと思い出して呼び止める。

「な、なあ!」
「何でしょうか」
「ここではないどこかって…マリアは今、どこにいるんだ?」
「それは神のみぞ知る、でございます…ですが、マリアとフィンクス様なら、また再び会うことができるでしょう。貴方の影響力、なんとなくわかったような気がします」

それだけ言って、ドアが閉まった。久しぶりに神の見習いと対峙したが、やっぱりただならぬ雰囲気があるというか。オレは手紙を持ったまましばらく、そうして立ち尽くしていた。それからしばらくして、ゆっくり視線を手元に落とす。

「…どっかで、人間として生きてんのか、お前は…」

オレと会ってマリアが変わったこと。再び人間として生きたいと思わせられたこと。マリアとのことを客観的に言われたことで、ようやくはっきりと実感できた。

「絶対にもう一回見つけてやる」

マリアのこと幸せにするのは、オレの役目だ。


もう一度会いたい人ができた


- ナノ -