今、オレの目の前には一人の女がいる。年は17、8ってとこか。オレを見てにこにこと笑っているそいつの顔に、見覚えはない。オレは物覚えがいい方じゃねぇから、どっかで会ったことはあるのかもしれねぇが。まあ、そんなことはどうでもいいんだ。オレが知りたいのは、こいつはなんでオレの部屋にいる?ってことだ。


オレは、昨日久々のデカい仕事が終わって、今日約一ヶ月ぶりに自分の家に帰ってきた(家と言っても、安くて狭いワンルームマンションだが)。とにかく、そのオレの家で、こいつは当然のようにテレビを見ていた。


鍵は当然かけてあった。窓が割られた痕跡もねぇ。こいつはどこから入った?念か?それに、部屋を荒らされた感じもねぇ。服が散乱してるが、それは出かける前にオレが放ってそのままなだけだ。大体、オレの部屋には、生活するのに必要最低限の物しか置いてない。盗って得するもんはねぇ。第一、こいつは部屋の主のオレが帰って来たのに、動揺の影もねぇ。命を狙って来たって訳でもないのか?
あまりの得体の知れなさに、オレはこいつを殺そうと考えるより先に、口を開いていた。

「テメェ誰だ?」

オレの言葉に、そいつはますますにっこりと笑って答えた。

「神様です!」

そいつの言った意味を理解するのに数秒かかった。それからすぐに、イライラしてくる。

「神様ぁ?そんなもんが存在するわけねぇだろ」
「まあ、わたしは正確に言ったらまだ神様じゃなくて、神様見習いなんですけど…でも神様はいるんです!」
「んな設定どうでもいいんだよ。何の目的でオレの部屋に入った?」
「あなたは神様を信じていないでしょう?わたしは神様布教の為に来たんです!」

念で勝手に人の家に入って脅迫する、新手の宗教とかか?なんでもいいが、ウザってぇな。オレはまだ喋り続けていたそいつの左胸に、右手を突き刺した。言葉が途切れ、驚いたようにオレの手を見ている。オレはニヤッと笑って、手を引き抜いた。

「神なんて誰が信じるかよ」

言いながら、血を飛ばすように軽く手を払う。と、そこでオレは、手に血がついていなかったことに気が付いた。驚いて女を見ると、オレの刺したはずの左胸には傷がなく、服が破れているだけだった。女は平気な顔をして、破れた服の文句なんかを言い始めた。

「下に来るために、わざわざ下で買った服なのになぁ」

女が言い終わるのとほぼ同時に、オレは女の顔にパンチを食らわす。10回回したから、さすがに死ぬだろう。
そう思ったが、女は両腕を顔の前で組んだだけで、オレの攻撃を受け止めていた。さすがに気味が悪くなってオレは、一旦距離をとる。

「なるほど、あなたは自分が強いから、すがる物が必要なかったんですね」
「黙ってろよ、ウザってぇんだよ。消えろ」
「そうはいきません!神様は人々に信じてもらうことで力を保っているんです。最近は信じる人が減ってきていますから、こうしてわたし達見習いの神様が布教しているという訳です」

女はそう熱弁してから、またオレに向かって笑った。あーウゼェ。ここまでイライラしてるのに殺せないってかなりキツい。攻撃が効かないのもこいつの念なのか?

「ところで、あなたのお名前は?」
「言う必要ねぇだろ」
「それじゃあずっと、あなた、って呼ばないといけないじゃないですか」
「ずっとって…テメェいつまでいる気だ?」
「もちろん、あなたが神様を信じてくれるまでです!」

得意そうに笑った女に、無駄だとわかりながらも手刀を向ける。やっぱり女は、片腕でそれを受け止めた。

「追い出さないで下さいね、わたしはあなたの所に派遣されちゃったから、あなたが神様を信じてくれるまで、あなたから離れられないんです」

本当になんなんだ、コイツ。ある意味盗賊よりも厄介なんじゃないか?ウザいとか以前に、オレは呆れきっていた。もうどうでもいい。さっさとこのマンションを解約して、ホテル暮らしでもすりゃ、場所がわからなくて諦めるだろ。

「あ、申し遅れましたが、わたしはマリア、神様見習いのマリアです」
「…フィンクス」
「フィンクスですね!ではよろしくお願いします」

一日、今日一日の辛抱だ。こいつのウゼェ笑顔とかやけに設定の細けぇ宗教の話とか、殺したくても殺せないイライラとか、全部明日までだ。あー、昨日仕事終わった後、そのままアジトに残ってりゃ良かったな。そんなことを考えた、少し肌寒い、秋の終わり頃。


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