綱海のアパートは学生マンションとかではなく、普通のアパートなので、学生以外の人の方が多い。なのでわたしは勝手に、大学生はわたし達だけかと思っていたのだけど、実は下の階に同じ学校の人が住んでいたのだ。気が付いたのは6月も終わり頃、いきなり大雨が降ってきた日のこと。あまりの雨に、コンビニに逃げ込んだら、同じようにびしょ濡れの人がいて、目が合った。

「あれ、君…?」
「あ、同じ学部…ですよね?見たことある」
「だよな、俺も」

何人かの友達がかっこいいと言っていたので印象的だった、同じ学部の一年生。つり目で背が高くて、いわゆる、イケメン。

「名前、何て言うんだ?」
「あ、なまえ、みょうじなまえだよ」
「みょうじさんか。俺は山田利吉、よろしく」
「山田くんね」
「利吉でいいよ」

利吉くんはにこっと人の良さそうな笑顔をみせた。爽やかな感じ、みんながかっこいいって言うのもわかる。

「ひどい雨だね、予報になかったから焦っちゃった」
「でも一気に降ってすぐ止みそうな雨だ。みょうじさん、家この辺なのか?」
「あ、うん。5分もかからないところにあるアパート」
「俺もそのくらい。案外近いのかもね」
「利吉くん、一人暮らし?」
「ああ。みょうじさんも?」
「あー、わたしは…」

言葉を濁すと、利吉くんは不思議そうにこっちを見た。言ってもいいものだろうか。一番簡単な説明はやっぱり、同棲、かな。なんとなく誤解を生みそうで、マイナスイメージの単語だ。どうしようかなと考えていたら、見覚えのある青い傘が見えた。

「あれ、なまえねえ?」
「兵ちゃん!帰り道?」
「うん」
「みょうじさんの弟?」
「あー、違くて、うちで預かってる子」

兵ちゃんはわたしと利吉くんを見比べた。こっちでも誤解が起きたらやばい。むしろこっちのがやばい。わたしは何も悪いことはしていない。同棲だってやましい心は(ちょっとだけしか)ないボランティアだし、利吉くんがかっこいいなとは思ったけど綱海が一番だ。

「…なまえねえ、傘ないの?」
「う、うん、兵ちゃん持ってったんだね」
「学校に忘れたまんまだったから。家すぐだから、なまえねえの傘とってきてあげるよ」
「あ、りがとう!」

兵ちゃんは少し急ぎ足で帰って行った。なんとなく空気を読んだんだろう。今しかないと思って、わたしは事情を利吉くんに説明した。利吉くんはかなりびっくりした顔で話を聞いていた。

「なんか…意外だな、驚いた」
「そ、そうかな」
「綱海って、中学サッカーで日本代表だった綱海?」
「そう、その綱海」
「へえ」

会話が止まる。やっぱり気まずい内容だったかな。ぼたぼたと落ちる雨をひたすら見つめていたら、横から袋を持った手が伸びてきた。

「ん?」
「食べないか?チョコ」
「わ、ありがとう、食べる」

小包のチョコを一つ取り出して、口に放り込んだ。

「利吉くんチョコ好きなの?」
「ああ。甘いものが好きなんだ」
「意外」
「あー、チョコいいな!」

いつの間にか、兵ちゃんが戻ってきていた。利吉くんが笑って、兵ちゃんにもチョコを渡した。

「持ってきたよ、なまえねえ」
「ありがとう兵ちゃん!」
「あと折りたたみの傘だけど、そっちのお兄さんの分も」

わたしのピンクの傘の後に、黒い折りたたみ傘を取り出す兵ちゃん。利吉くんはきょとんとした後、にっこりした。

「ありがとう、でも俺は大丈夫だよ」
「でも、」
「利吉くん、遠慮しないで!せっかく兵ちゃんが持ってきてくれたんだし」
「…じゃあ、途中まで借りるよ。家の方向も同じみたいだから」

利吉くんは兵ちゃんから受け取った傘を広げた。わたし達は三人並んで歩きだす。人見知りな兵ちゃんが大人しいので、わたしと利吉くんが二人で、学部の先生の話などをした。ちなみに、わたしと利吉くんは法学部だ。専攻は違うけれど、同じ先生の授業は結構ある。そして、ハゲている先生の課題が大変、という話をしている時、家のアパートに到着した。ほんとに近い。あっという間だった。わたしが、傘は持って帰ってと言おうと思って利吉くんを見ると、すでに彼は彼をたたんでいた。

「俺の家ここなんだ。傘ありがとう」
「嘘!わたし達もここ!」
「え?ほんとに?」

とりあえず、利吉くんが濡れてしまうので、屋根の下まで走る。一番近かったのは自転車置き場の屋根の下だった。

「利吉くん何階に住んでるの?」
「俺は一階、すぐそこ」
「そうなんだ、すごい偶然だね!」
「ほんとだな。他に同じ大学の人がいると思ってなかったよ」

利吉くんは折りたたみ傘を綺麗にたたんでいた。几帳面な性格なのかな。わたしは適当にバサバサとたたんでしまう方だ。

「今度お礼に何か持って行くよ。兵ちゃん…だったか?」
「兵太夫です」
「兵太夫は何か好きものあるか?」
「ええ、と……肉じゃが」
「肉じゃが?結構渋いんだな。今度持って行くよ。あ、迷惑じゃないか?」
「全然、ありがとう!」

最後に利吉くんは、ノートを破ってそこにメールアドレスを書いて、折りたたみ傘と一緒にわたしに渡した。

「何かあればメールしてくれ。じゃあ、また」
「うん、じゃあね」

利吉くんはまたにこっと笑って、家に入っていった。わたしと兵ちゃんも、階段を上がって家に入る。綱海はまだ帰っていなかった。

「なまえねえ、浮気じゃないよね」
「ないない!絶対しない!」
「なんで?」
「なんでってそんな…綱海が一番だからだよ」
「一番なに?」
「もう、なんで兵ちゃんがそんなこと聞くの!一番好きだからに決まってるでしょ!」

は、恥ずかしい!顔がカーッと熱くなって、無駄に心臓がバクバクした。けれどいきなり後ろからギュッとされて、もっとドキンとした。

「俺もだ!」
「ななななんでいるの綱海!」
「実は最初からいたよ、なまえねえが気付いてなかっただけで」
「うそ!」

いやだ、顔が燃えそう。それでも今は、大人しく綱海の腕の中にいたいなと思った。

幸せに平和に過ぎていく、そんな6月。

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