「ぎゃあああああ!」

小さな部屋いっぱいに響いたわたしの声。それは女の子とは思えない叫び声だったけれど、そんなことを考える余裕はなかった。ちゃぶ台で一緒に勉強していた綱海と兵ちゃんが、慌ててキッチンを覗きに来たので、わたしは二人に飛び付いた。

「うわ、なんだなんだ、どうした?」
「しぬ!ころして!」
「な…なまえねえ?!」
「殺して!殺して!早く、アレ!」

指差した先には黒光りするアイツ。沖縄にはたくさんいて、しかも全部でかくて、その上最悪なことに、飛ぶ。そう、キッチンの悪魔、ゴキブリだ。

「ああなんだ、ゴキブリのことか!ビビらせんなよな」
「なまえねえを殺してって意味かと思っちゃった」
「なんでもいいから早く!こ、ろ、し、て!」
「つっても、一人暮らし始めて一回も遭遇してなかったからなぁ…殺虫剤とかねぇんだ」
「条介にい、新聞は?僕のお父さんはいつも丸めた新聞で一撃だよ」
「やったことねーけど、やってみるか」
「なんでもいいから早く!」
「そう何回も言うなよ、殺してやるから」

綱海は苦笑いして、新聞を探す。わたしはその間にロフトに駆け上がった。

「あっれ?なまえ、昨日の新聞どこやったっけ」
「玄関!玄関!」
「あーこの雑誌でいいか」
「ダメー!わたしの!」

無神経な綱海は、丸めたわたしのファッション雑誌を振り上げていた。

「条介にい!取ってきたから新聞使ってあげて!」

優しい兵ちゃんが、玄関から新聞を取ってきてくれた。綱海はわたしの雑誌と交換で新聞を受け取ると、素早く丸める。

「どうだっ」

振り下ろした新聞はキッチンの床を叩いた。ゴキブリは奥へ逃げればいいものを、なんとちゃぶ台の方へ。追いかける綱海、逃げ回るゴキブリ。兵ちゃんは安全地帯となったキッチンで、呑気にお茶を飲んでいた。

「くそっ、早ぇな!」

中腰に疲れが見えはじめた綱海の動きが遅くなる。と、ゴキブリも動きを止めた。一瞬嫌な予感がした。

「あっ」

飛んだ。わたしはもう、ただ頭を伏せて、ロフトに来ないよう祈るしかなかった。すぐに逃げれないロフトがあだになるとは。

「条介にいっ」
「おう!」

二人の声が聞こえたけど、何をしているのか、伏せているわたしには見えない。その直後、ドカッと鈍い音がして、ロフトが少し揺れた。

「よっしゃ!もう大丈夫だぞなまえ」

綱海の言葉に恐る恐る顔を上げると、綱海は丸めたティッシュをごみ箱に捨てていた。中にはきっと、ゴキブリの亡きがら。

「死んだ?」
「おう!」
「どうやったの?」
「これだよ」

綱海はコロコロと玄関の方へ転がって行っていたサッカーボールを取り上げた。

「さすが元日本代表って感じのコントロールだったよ」
「まあな!」

どうやら、飛んでたゴキブリを、サッカーボールで仕留めたらしい。

「す、すごい」
「そう褒めんなって!」

機嫌をよくした綱海は、持っていたボールをくるくると回した。しかし、途中、何かに引っ掛かるように回転が止まる。

「ん?」

兵ちゃんと、ロフトから下りたわたしが覗くと、綱海の手にはなにか液体的なものが。

「条介にい、それ…」
「もしかして…」

口にせずとも、綱海の青ざめた顔が語っていた。さっきの彼の体からでたものなのだと。

「手…洗ってくるな…」
「綱海、感謝はしてるけど、お願いだから今日一日、わたしに触らないで」

綱海のショックを受けた表情に若干心が痛んだ。ごめんなさい。綱海が嫌いなんじゃないの、ゴキブリが死ぬほど嫌いなの。だから、許してね。

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