私はすでに、死んだ人間だった。私は自分が幽霊だということを、自覚していた。なにせ私は、もう五百年近く、この世をさ迷っている。

理由を話すと、女々しい男だ、と言われるかもしれない。だがそれも自覚している。私はある人をずっと探していた。女の子だ。彼女は私の親友の恋人で、私の想い人だった。忍術学園を卒業後、私と私の親友の雷蔵、そしてその恋人のハニーは、同じ城に戦忍として就職した。変装の得意な私や、くのいちとして女の武器を持つハニーと違い、雷蔵には戦うことしかなかった。持ち前の優しさもあだになり、雷蔵は、私達二人を置いて、一番先に逝ってしまった。雷蔵は最期に、ハニーを頼む、と私に言った。私は、彼女を守ることと、彼女への想いを一生胸にしまっておくことを、雷蔵と自分に誓った。しかし、彼女は私とは別の忍務へ行き、そして、命を落とした。私は、自分が許せなかった。いや、今でも、許せない。

そうして最後まで生き残ってしまった私は死後、地獄にも、もちろん天国にも行くことができず、こうしてこの世をさ迷うだけの幽霊となった。これは罰だ。雷蔵との約束を守れず、一人だけのうのうと生き延びた私への。そして私は、宛てもなく、果てしなく長い時間を一人で過ごした。いつ本当に死ねるのか、或いはいつまでもこのままなのか、全く何もわからなかったが、ただ漠然と、私はハニーに会いたかった。雷蔵との約束を破ったことを、謝りたかった。それだけを考えて、私はさ迷う。

そして、見つけた。



「…」
「…」
「…あの、寒くないですか…?」

雨が降る、秋だった。この時代の学校の制服を着た女の子は、間違いなくハニーだった。顔も、声も、昔のまま。私は死んでいるから寒さは感じないが、五世紀ぶりのハニーの声に、背筋が震えるような感覚がした。まるで生きているような感覚。久しぶりだ。私は半ば確信を持ちながらも、ゆっくりと口を開いた。死んでから、ほとんど聞くことのなかった自分の声は、意外にもするりと口から出た。

「…名前を」
「はい?」
「名前を、教えてくれないか」

少し、聞きたくないような気もした。

「…どうしてですか?」

訝しむような目。ハニーは私のことは覚えていないのだから、当然だろう。

「人を探している…その人に、君は、よく似ている」

そう、ずっと、ハニーが思っているよりずっと長い間、探していた。

「…ハニーです」
「ハニー…」

ゆっくりと、名前を繰り返す。ハニー。それは私に再び命を吹き込む呪文のようであり、また、私をこの永遠にさ迷う運命から解放してくれる言葉のようでもあった。

「私の名前は、鉢屋三郎」
「鉢屋さん?」
「覚えていないだろうが…私は、お前を知っている」

私は、ハニーに手を伸ばしかけて、途中でやめた。もしかしたら触れられないかもしれない。その替わりに、私は微笑んだ。久しぶりだからちゃんと笑えていないかもしれないが、ぎこちなくでも笑えるようになったのは、今こうしてハニーに会えたからかもしれない。

「どうしてわたしを知ってるんですか?」
「遠い昔に…私達は大切な仲間だった」

ハニーは不思議そうな顔をした。学生の女の子に、遠い昔は想像できなくて当然だ。しかし、君の前世だ、と言っても信じないだろうし、言う必要もないだろう。

「ああ…本当に、会えてよかった…ハニー。思い残すことはない」

本当に、そう思った。何をしたわけではないが、私や雷蔵のことを忘れて普通に暮らしているハニーを見れただけで、なんだか安心した。私の五百年も、まあ無駄ではなかった、と思えた。

「…すまなかった、そして、ありがとう。幸せに、な」

ハニーはまた、不思議そうに私を見た。すまなかった、は、かつてのハニーへ。ありがとうと幸せに、は、今のハニーへ。なんだか体が軽くなった。私はハニーに背を向けて、歩きだす。きっともうすぐ私は消える。ハニーには見せない方がいいだろう。曲がり角を曲がって、ハニーに見えなくなったところで、じんわりと体が暖かくなった。久しぶりすぎる暖かいという感覚に、泣きそうになる。さようなら、ありがとう、ハニー。私は、勝手だが、ようやく自分が許されたんだと感じた。


哀しい透明の心臓



ようやく涙が落ち着いたハニーは、鞄の中で携帯が震えているのに気が付いた。着信だ。

「もしもし…」

「え、もう待ち合わせの時間?!いつの間に…ごめんね、なんか、不思議な人に会って」

「ううん、変質者とかじゃないよ!もう大丈夫だし、うん、すぐ向かうね」

「じゃあまた後でね、雷蔵」

ハニーは携帯をしまうと、恋人との待ち合わせ場所、図書館まで駆け出した。


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