学校からの帰り道、不審な人を見た。秋雨の中、黒い着物を着て、傘もささずに立っている男の人。秋雨の粒の細かい水滴が、長い髪について、真珠のように見えた。おかしな人には、関わらないのに限る。わたしはその道を避けて帰ろうかと思ったけれど、気付いたら足は、彼の方へ向かっていた。彼から目が、離せない。彼もまた、黙ったままわたしを見つめていた。沈黙が、重い。とうとう彼の目の前まで歩いてきたわたしは、自分よりいくらか背の高いその人を見上げた。

「…」
「…」
「…あの、寒くないですか…?」

霧のような雨だけれど、季節は秋である。ずっと濡れていたら、寒いだろう。見ず知らずの怪しい人に、どうしてそんなことを聞いたのか、自分でもわからない。

「…名前を」
「はい?」
「名前を、教えてくれないか」

絞り出すように、その人は言った。なにか、とても辛いことを聞くようだった。表情は、どこか寂しげだ。

「…どうしてですか?」

わたしは訝しむ目で彼を見る。

「人を探している…その人に、君は、よく似ている」

わたしはこの人を知らない。だから恐らく、この人の求める答えを、わたしは返せないだろう。わたしは少し強い口調で、言った。

「…ハニーです」
「ハニー…」

男の人は吟味するように、わたしの名前を呟く。不健康に青白かった彼の肌に、うっすらと色が差した。

「私の名前は、鉢屋三郎」
「鉢屋さん?」
「覚えていないだろうが…私は、お前を知っている」

鉢屋さんは、わたしに手を伸ばしかけて、途中でやめた。悲しげな顔で、しかし彼は初めて微笑んだ。とても辛そうな笑顔だったけれど、それはとても美しいものに見えた。彼の探していたのは、わたし?

「どうしてわたしを知ってるんですか?」
「遠い昔に…私達は大切な仲間だった」

遠い昔って言うほど、わたしは生きてない。おじさんとかかな…わたしの小さい頃を知ってるんなら。親戚は多いし、知らない人もいるかもしれない。けれど、鉢屋さんはとても若く見えたし、わたしを探す意味もわからなかった。

「ああ…本当に、会えてよかった…ハニー。思い残すことはない」

鉢屋さんがそんなことを言うから、人違いじゃないでしょうか、と言いかけていたわたしは言葉に詰まる。

「…すまなかった、そして、ありがとう。幸せに、な」

すまなかった、って、いきなり声をかけられたことだろうか。ありがとうは、何に対して?幸せにって?わたしの頭はハテナでいっぱいになったが、鉢屋さんは最初よりもどこか満足げな顔をして、くるりとわたしに背を向け、歩きだした。わたしが呆然と立ち尽くしている間に、彼は曲がり角を曲がって見えなくなった。どこに、向かうのだろう。気になって、後を追って曲がり角を覗く。

「…あれ?」

真っ直ぐ伸びた道に、鉢屋さんの姿はなかった。確かにここを、曲がったのに。この辺に住んでいるんだろうか、と軽く表札を見ていったけれど、鉢屋という家はなかった。

「どこに行ったんだろ…あ、」

口を開いて、塩辛い味がして、初めて自分が泣いていることに気が付いた。どうして涙なんか、と思ったけれど、どんどん溢れてくる。悲しいことなんか、寂しいことなんか、なにもないのに。

涙が止まらない。


まぼろしの迷い道

thanx.guu
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テーマ「人外ファンタジー」
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