「好きだ」

そうやって静かに小さく呟いた彼は、痛々しい、無理矢理な笑みを浮かべた。その表情に、わたしの胸はぎゅううと締め付けられたようになる。しかし、わたしが彼を笑顔にする方法は、何もない。







グラン様は、彼がヒロトくんであった時から、おひさま園の他の子とは違っていた。彼のヒロトという名前は、お父様の亡くなった息子の名前。頭も良くて、性格も優しくて、運動もずば抜けて得意で、見た目もかっこいいヒロトくんは、いつもみんなの憧れだった。だからわたしなんか、彼のサッカーをする姿に遠くから見惚れたり、たまに話すことができただけで舞い上がってまったりしていた。しかし、わたし達がエイリア学園の生徒としてひたすらサッカーだけをするようになってから、つまりヒロトくんがグラン様になってから、彼はもっともっと遠い存在になってしまった。グラン様のチームであるガイアはいつだって一番、ザ・ジェネシスの座にあった。バーン様とガゼル様もその座を狙っていたけれど、グラン様はやっぱり一番強かった。グラン様はヒロトくんの時より笑わなくなって、ヒロトくんの時より冷酷になった。それでもわたしはずっと、グラン様が、ヒロトくんが好きだった。小さい頃はただの憧れだと思っていた感情は、大きくなって彼が遠くなる度、強くなった。会えないと切なくて、姿を見ただけで苦しくなる。会いたいと思う。気が付くとその人のことを考えてしまう。これはもう、どうしようもなく、恋だった。しかしわたしのチームはイプシロン、グラン様は遥か高みのジェネシス。たまに話す、という機会もなくなって、たまに試合をする彼の姿を見ることができる以外に関わりは一切なくなった。大体グラン様は、わたしの名前すら知らないかもしれない。わたしの記憶の中で一番長くグラン様と話したのは、おひさま園時代。サッカーボールを蹴ろうとして空振りして転んだ鈍臭いわたしに絆創膏をくれて、サッカーボールはこう蹴るといいんだよ、と教えてくれたときだ。今わたしがジェミニではなくてイプシロンにいられるのは、そののおかげじゃないかと、こっそりわたしは思っているけど、誰にも話してはいない。キックを空振っただなんて恥ずかしすぎる思い出だし、そんな訳ないじゃないかと一蹴されるだけだ。それに、わたしがグラン様に想いを寄せていること、これは誰にも秘密にしていることなのだ。グラン様なんて到底手の届くはずのない方を好きだなんて、笑い者だ。わたしに他に好きな人ができて、グラン様にもわたしなんかより彼にお似合いの素敵な恋人ができて、グラン様が好きだったのも思い出になってくれるまで、ずっと秘密にしておくつもりだ。そんなわたしに、転機がやってきた。告白、されたのだ。相手は、同じイプシロンのゼルだった。そんなの今まで一緒にいてもわたしは全然気が付かなかったのだけど、お前のことが好きだった、と言われたのだ。ゼルのことは嫌いじゃないし、仲間としては大好きだ。ゼルには本当に悪いと思ったけれど、グラン様への想いを忘れるために、わたしは告白を受けた。ゼルの照れたような、嬉しそうな笑顔に、心がズキズキと痛んだ。ゼルはその日からちょっと優しくなった。わたしもだんだん、仲間とか友達以上の目で彼を見れるようになった。わたし達が付き合っていることは、知らない間に広まった。しばらくして、わたしは彼の目を見て、好きだよと言えるようになった。彼が隣にいることが、定着した。そんなある日、練習の後にこっそり自主練をしていたわたしは、一人で人気のない廊下を更衣室に向かっていた。ゼルに待っていてもらえばよかったかも、静かすぎて、少し寂しい。足早に歩いていたら、声をかけられた。ゼルの声、ではなかった。振り返って、一瞬心臓が止まったかと思った。

「やあ」
「グラ、ン、さま」

ジェネシス専用のグラウンドはもっと上のフロアにある。一方このフロアにあるのは、イプシロンの練習グラウンドや更衣室など、イプシロンに関係のある施設ばかりだ。どうしてこんなところにグラン様がいるのだろう。しかしそれより、グラン様を見て一気に紅潮した頬と破裂しそうにバクバクし始めた心臓に、わたしはショックを受けた。ゼルの笑顔が、胸によぎる。わたしはまだ、グラン様が。

「君、イプシロンのハニーちゃん、だよね」
「は、い…」
「俺のことは…わかってるよね、さっき名前を呼ばれたし」

微笑んでいるグラン様の意図がわからない。わたしは逃げ出したくなる足を、握った拳でぎゅっと押さえて、グラン様の足元を見ていた。ガイアのユニフォームではなくて、ゆったりとした私服を着たグラン様は、グラン様というよりはヒロトくんという雰囲気だった。ガイアのチームメイトといた時はもう少し厳しい感じに見えたけれど、今は親しみやすい感じがある。けれどそれは、わたしにとって、良いことではなかった。厳しくて怖くて笑顔なんて見せないグラン様だったら、こんなに胸がドキドキしなかったかもしれない。

「突然ごめんね、驚いただろ」
「い、いえ…、…はい」
「でも、君とは話してみたいって思ってたんだ」

グラン様は、顔は微笑んでいても、目は笑っていないように思えた。どきりとする。心のどこかで、わたしはゼルを呼んだ。グラン様は一言一言に、何か含みを持たせているように聞こえる。

「ゼルと付き合ってるって本当?」
「えっ…」
「どう?」
「あ、あの…」
「…いろんな人から噂を聞くから、きっと本当だよね」
「それが、何か……!?」

突然、両手の手首と背中に衝撃。グラン様がわたしの手首をきつく掴んで、壁に押し付けたのだ。いきなりの出来事に一度ギュッと目を閉じ、再び開けた時には、息がかかるくらい近くにグラン様の真剣な顔があった。心拍数が急上昇して、全身がヒートタックルを喰らった時みたいにカーッと熱くなる。もしかして、血が沸騰したのじゃないかと思った。グラン様は正面から、真っ直ぐにわたしの目を見ていた。

「妬いちゃうな」
「えっ…」
「君は覚えてないかも知れないけど、おひさま園にいた時、俺は君にサッカーを教えたことがあるんだ。あの時の君の笑顔が、今でも頭から離れない」
「グ、グラ、」
「グラン様、はもういいよ。俺と君はそんな遠い関係じゃなかったはずだ。ヒロトくん、でいいから」

グラン様の顔が近付く。わたしの耳元に口を寄せて、わたしの名前を呼ぶ。グラン様の髪が、わたしの頬に触れる。わたしは耐え切れなくなる前に、必死にグラン様の手を振りほどいた。それでもグラン様は薄く笑顔を浮かべていた。

「ずっと君のことを見てた。だから、知ってるよ。ゼルと付き合う前、君の視線はいつでも、俺のことを探してた。そうだよね?」
「わ、わたし…は…」

泣きそう。でもちゃんと言わなければならないこともある。

「そう…でした、でも、」

顔は真っ赤だし、本当に涙が出てきた。最低だけど、やっぱりグラン様が大好きなのだ。小さい頃からの憧れの人、ずっとずっと大好きだった人。気持ちはちょっとも薄れていないのだ。

「でも、今は、ゼルがたいせ、つ、で」
「泣かないで」
「ひっ、う、…」
「ごめんね、泣かせたかった訳じゃないんだ。でも本当に、俺は君が好きだった。いや、」

グラン様はわたしの頬の涙を拭おうとして手を止めて、タオルをくれた。

「好きだ」

そうやって静かに小さく呟いたグラン様は、痛々しい、無理矢理な笑みを浮かべた。その表情に、わたしの胸はぎゅううと締め付けられたようになる。しかし、わたしが彼を笑顔にする方法は、何もない。それどころか、わたしがその表情にさせたのだ。

「でも、だから、君の幸せを願うよ。意地悪なことを言ってごめん。さようなら」

涙が止まらない。









この涙は、グラン様を想ってのものなのか、ゼルを想ってのものなのか。

thanx.降伏
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