雷門中の宿舎には、選手達との一体感を高める為、マネージャーも泊まり込む。マネージャーの部屋は一階だ。今日も厳しい特訓を終えて、みんなの晩ご飯を作って後片付けして、みんなの練習着を洗濯して、器具の整備と軽く宿舎内を掃除して。色々していたら、時間は10時を過ぎていた。そこでふと、明日の朝ご飯の買い出しも行かなければならなかったことを思い出す。今頃は、春奈ちゃんと目金くんはビデオチェックをしてるし、秋ちゃんと冬花ちゃんは練習着を取り込んでくれているはず。行ける人はわたしだけだ。忘れてた自分が悪いから仕方ないなと言い聞かせて、財布と鞄を持った。

宿舎の外は爽やかな風が吹いていた。昼間みんなが走り回っているグラウンドも、夜に見ると違った雰囲気だ。いつもなら賑やかなはずの場所が静かで、急に寂しくなる。やっぱり明日早起きして行こうか、なんて考えていたら、おーい、と声がした。振り返ってきょろきょろすると、もう一度呼ばれる。宿舎の二階の窓、いくつか明かりが漏れている中の一つが開いていて、真っ赤な頭が覗いていた。基山くんだ。手を振っている彼に、小さく手を振り返す。基山くんとはそんなに話したことがないので、大きく振っていいか迷ったのだ。基山くんはちょっと待ってて、と言うと、窓から消えた。部屋の電気も消えて、しばらく待っていると、宿舎の玄関から基山くんが走ってきた。

「出かけるの?」
「うん、買い出しに行くの忘れてて」
「付き合うよ。こんな夜に、女の子一人じゃ危ないから」

基山くんはにこりと笑う。

「い、いいよいいよ!練習で疲れてるでしょ、わたしは大丈夫!」
「いいから」
「監督に怒られちゃう、選手を付き合わせるなんて」
「大丈夫、俺がしたくてしてるんだし。女の子一人で行かせたら、その方が怒られるよ」

そんなはずない。失礼だけど久遠監督はそんなキャラじゃない。でも寂しかったのも本当だから、わたしは基山くんの言葉に甘えてしまうことにした。

「基山くん」
「ヒロトでいいよ」
「でも、」
「ヒロトがいいな」
「…じゃあ、ヒロトくん。わたしが出かけるの、よく気が付いたね」
「天体観測をしようと思ってたから、ちょうど外を見てたんだ」
「そういえば、ヒロトくんの部屋には望遠鏡が置いてあるよね」

宇宙とか、好きなのだろうか。元宇宙人設定だからだろうか。なんか、聞いては悪いような気がする。エイリア学園時代のことは触れてもいい話なのだろうか。

「あの望遠鏡は、父さんがくれたんだ」

父さん、って、吉良星二郎さんのことだ。ヒロトくん、色々辛かっただろうなぁ。じんわり思って夜空を見上げると、ヒロトくんも同じように上を見た。

「今日は天気がいいから星がよく見えると思って出したんだけど、ラッキーだったな」
「なんで?」
「君を見つけれたから」

さらっとこんなことを言ってしまうヒロトくんは、どうしようもなくかっこよく見えた。きざな台詞もヒロトくんが言うと見事に似合ってしまうからすごい。

「買い出しは何を買うんだい?」
「そうだな、野菜とお米と、スポーツドリンクも買った方がいいかも」
「重い物は僕が持つよ」
「あ、ありがとう」
「こちらこそ、いつも食事の用意ありがとう。マネージャーが交代で作ってるの?」
「そうだね。でも、春奈ちゃんはデータ収集とかの仕事が多いし、冬花ちゃんは監督の仕事の手伝いとかがあるから、わたしと秋ちゃんで作ることが多いかも」
「明日の朝食は?」
「考えてないけど、ヒロトくんは何がいい?」
「ビーフストロガノフ、かな」

朝から重っ!と思ったけど、そんなヒロトくんが好きになってしまったことは、彼の笑顔を見てドキドキする心臓が物語っていた。きっと明日の練習は、赤い頭を目で追ってしまうに違いない。






thanx.幸福
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