「幸次郎になりたい」

ある日の昼休み、幼なじみのハニーが突然言った言葉に、源田はポカンとした。菓子パンを食べているハニーは至極真面目な顔をしている。

「…何でだ?」
「だって、鬼道くんと仲良く話せるじゃない」

はあ、とため息をつくハニー。源田はようやく理解して、ああ、と納得の声をあげた。

「ハニーは鬼道のことす」
「馬鹿ー!無神経!」

ハニーは菓子パンを源田の口に突っ込んだ。源田はしばらく苦しそうにモゴモゴ言ってから、菓子パンをくわえ直して、ハニーの手の中の袋から抜き取った。

「あー、わたしのお昼!」
「ほ、ひほー」
「は?」

モゴモゴしている源田の視線を辿って、教室の扉を見て、ハニーははっとする。

「き、鬼道く、むぐっ」

源田に菓子パンを突っ込み返され、言葉が途切れた。源田はさっさと立ち上がって、鬼道のもとに向かう。ハニーはパンを持って、ぼんやりそれを眺めた。しばらく話してから、鬼道は教室を離れる前にちら、とハニーを見た。ハニーは咄嗟に目を逸らす。鬼道は源田に手をあげ、そのまま自分の教室に戻っていった。源田も、何事もなかったようにハニーのところに戻ってくる。

「部活の話?」
「ああ、来週練習試合なんだ」
「へえー」
「来るか?」
「そうだなー、久しぶりに幸次郎のサッカー頑張る姿見てあげようかな」
「いや、それはありがたいけど、鬼道の応援にさ」
「ええええ無理無理っ幸次郎の応援でいい!」
「なんでだよ」
「だって鬼道くん、可愛い応援の女の子いっぱいいるしさ…」
「俺も結構いるんだけどな」
「幸次郎は平気」
「なんで鬼道は無理なんだ」
「だって、恥ずかしいしさ…」
「それってもう恋だよなぁ」
「ぎゃっ咲山!」

突然二人の席にやってきた咲山に、ハニーが叫ぶ。

「聞いてたの!?」
「さっき鬼道さんが連絡に来たから、なんだったか聞きにきたら、面白い話してたから」
「連絡は練習試合の話だ。また後で部活の時にまとめて話すよ」
「幸次郎の冷静さがウザい」
「ていうかハニー、鬼道さん以外にはなんつーか、態度でかいよな。帝国でサッカー部員にガツガツこれるヤツってあんまりいないんだぜ」

ちゃっかり近くの椅子を持ってきて座り、自分のパンを開ける咲山。

「まあそれは幸次郎がいるからかな」
「特に女子は、きゃーきゃー言うくせに、実際話すとビビったりするしな」
「それはきゃーきゃー言われてるのが咲山じゃないからじゃない?咲山とか、どう見ても不良だし、怖いよ」
「怖いと思ってる態度じゃねーぞ」

咲山はパンのゴミを残して自分の席に戻って行った。

「うわ、咲山ゴミ置いてった」
「捨ててこようか」
「いいよ、自分のゴミもあるし」

ハニーは二人分のゴミを持って立ち上がった。その間に源田は、母親の手作り弁当を丁寧に片付けていた。




練習試合当日。ハニーは帝国スタジアムにやってきた。付き合ってくれる人もおらず、歓声をあげる女の子達の中を一人で席を探し歩いていると、携帯が鳴った。源田からの電話だった。

「幸次郎?」
「席、ないのか」
「えっ、見てるの?ベンチ?」
「違う。お前の右後ろに、ベンチ裏に続いてる、選手用の階段があるんだ」

ハニーはきょろきょろして、その階段を見付けた。影になっているところに携帯を持った源田と、咲山がいた。

「お前友達いねーの」
「いるよ!みんなサッカーに興味ないだけ」
「席がないなら、ベンチに来ないか?」
「えええっ!なんで?マネージャーとかじゃないのに入ったら、怒られる!」
「公式戦じゃないから平気だ。それに、試合のビデオを撮って欲しいんだ」
「一年生が一人来てないから、撮るやついないんだよ」
「でも、ベンチってあの怖い感じの監督いるでしょ…?」
「総帥はベンチにはいない。モニターで見てるからな」
「な、なら、いい…けど」

少し乗り気でないハニーの腕を、源田はがっちり掴んだ。

「助かった!」
「もう試合始まるぞ!」
「そんな急な…!」

源田に引っ張られバタバタと階段を駆け降りる。源田と咲山はビデオだけハニーに渡すと、整列に行ってしまった。ビデオを弄って使い方を見ていると、グラウンドから元気な声が聞こえてくる。ハニーがなるべく端っこでビデオと格闘している間に、スタメン以外がベンチに帰ってきた。

「使い方はわかるか?」
「あ、多分………え」

必死なハニーを見て声をかけてきたのは、他でもない、

「き、き、きききき」
「キャプテンの鬼道だ。急にビデオを頼んで悪かった。源田が知り合いをすぐに連れて来れると言うんで、頼んだんだ」
「いいいえ全然大丈夫です!」
「そこの赤いボタンが録画だ。すぐに試合が始まるから、頼むぞ」
「は、はい!」

すぐにビデオを用意するが、隣に鬼道が腰を下ろしたので、ハニーは気が気じゃない。意識を、ビデオカメラが震えないようにすることだけに集中する。それでもやっぱり気になって、ちらっと盗み見た鬼道の横顔は、真剣にグラウンドを見つめていて凛々しい。

「あ、あの…」
「何だ」
「鬼道くんは試合、出ない、の?」
「今日の相手はそう強い学校じゃない。俺がいなくてどこまでやれるか見ると、総帥がおっしゃったんだ」
「そ、総帥が…」
「無様な結果なら俺が入ることも考えるが、あいつらなら大丈夫だろう」

それはつまり、鬼道はずっとベンチにいるということ。変な汗をかいたハニーは、ビデオカメラを持ち直した。試合が始まってからは、鬼道は黙ってグラウンドを見つめ、ハニーもビデオに集中できた。試合はやっぱり、帝国の圧倒的優勢で進む。寺門が3点目を決め、ハニーが一旦ビデオを止めた時、鬼道がハニーの方を向いた。

「ハニー、と言ったか」
「えっは、はい」
「源田の幼なじみだそうだな」
「はい」
「なんで敬語なんだ」
「あ、いや、なんとなく…」
「…咲山とも仲がいいようだな」
「そんなそんな仲いいなんて!クラスが同じなだけで…」
「ならば俺も同じクラスなら良かったんだが」
「、は、はい…?」
「ほら試合再開だ。早くビデオを回せ」

言われるままに慌ててビデオを回すが、頭が混乱しているハニー。

「あああの、き、鬼道くん、」
「もう試合に集中しろ。ビデオに声が入るぞ」
「は、いっ!」

それきりまた鬼道は、グラウンドを真剣に見つめ、話さなくなってしまった。ハニーは助けを求めるように、ゴールの前に立つ源田を見た。源田はしっかり構えたままチームメイト達に声をかけていて、当然ハニーの方など見ていない。

結局そのまま前半が終わり、後半が終わり、整列をして練習試合が終わった。結果は帝国の圧勝だ。ベンチにぞろぞろ選手が帰ってきて、ビデオを片付けていたハニーは真っ先に源田の元に駆け寄った。

「こ、こうじろ」
「おい」
「はい!」

たどり着く前に鬼道に呼び止められ、ハニーはぐるりと回れ右をする。源田は不思議そうに二人を見た。鬼道はハニーが振り返ったのを確認してから、さっさと部室と更衣室のあるベンチ裏の廊下へ向かった。

「ついてけ」
「叱られるようなことしてないだろうな!」

ドリンク片手の咲山にちょんちょんと廊下を指差され、タオルを持った佐久間に怒鳴られ、してないよ!と叫び返してからハニーは慌てて鬼道の後を追った。鬼道は部室の前で立ち止まると、ようやくハニーを振り返る。

「ビデオはここに片付ける」
「は、はい」
「覚えておくように」
「え?」
「次の試合も来い」
「あ、えっと、ビデオ撮りに、?」
「断るつもりか?」
「めめ滅相もないです!」
「それから、」
「はい」
「敬語は止めろ」
「は…う、ん」

そういえば咲山も敬語だったのに、と考えながら、ハニーの頬は自然に緩んだ。それを見て鬼道も、口角を上げ微笑む。

「笑った方がいいな」
「なっ…!」
「ハニーさあん」

グラウンドの方から成神が呼んだ。

「行ってこい」
「え、あ、うん…あの、鬼道くん、ありがとう!」
「こちらこそ」

最後にもう一度笑った鬼道に心拍数が上がったまま、ハニーはグラウンドの方に駆け戻る。

「ハニーさんビデオありがとうございました!ドリンクどーぞ!」
「ええっドリンク?いいよいいよ!」
「いーから!俺からの気持ちっす!」
「よく言うよ成神。それ用意したの俺だっつーの」
「だって辺見先輩、照れ臭いから俺が渡せってー。渡したもん勝ちですよ!」
「あ、ありがとう」

ハニーは成神からドリンクを受け取り、一応辺見にも頭を下げた。辺見はふん、とそっぽを向いた。

「ハニー、俺今から着替えるけど、一緒に帰るか?」
「うん!」
「ハニーは友達いねーもんな」
「ほんとうるさい咲山!」
「まあまあ。じゃあハニー、ここで待っててくれ」
「わかった」
「ハニーさん、お疲れっす!」
「うん、お疲れさまー」

ハニーはサッカー部員達を見送ってから、ベンチに腰を下ろした。観客席では客が退場の為に、ぞろぞろと動いている。源田を待ちながらぼんやりとグラウンドを見つめて、今度学校で鬼道くんに会ったらおはようって声かけてみようかな、なんて考えるのだった。






thanx.睡恋
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