私には前世の記憶があった。前世の私は忍者で、大切な仲間がいて、戦で死んだ。仲間のことは、殊によく覚えている。一緒に忍者の学校で学び、遊んだ仲間達。最期の時に私は、大切な仲間達に囲まれて、きっとまた会おうと誓い合った。もしもあの約束の通り、また会えたらと、何度も何度も思ったけれど、彼らに会うことはなかった。


小さい頃の私は、今より記憶が曖昧で、時々現世のことと境がつかなくなっていた。小学校に上がった頃に、前世のことを口に出すのを止めた。前世の記憶がある私という存在は異端なのだと、ようやく理解したのだ。しかし年を追うごとに、記憶は鮮明になる。やがては死の直前の感覚も思い出し、夢の見ては、うなされたりもした。


そんな私に、一つ目の衝撃的な出来事が起こったのは、中学二年の時。お隣の家に、記憶の中で名前を知っている男の子が引っ越してきたのだ。名前は黒門伝七。作法委員会であった私の、後輩だった子だ。挨拶に行った時、初めまして、と言われて、私は泣きそうになった。彼は、私のことを覚えていなかった。必死に笑顔を作り、初めましてと応えた。覚えていなくても、現世の彼とまた仲良くなりたい。幸い伝七くんは私のぎこちない笑顔には気付かなかったようで、お隣の家ということもあり、私達は仲良くなった。歳の差は前世と同じ、私は十五で伝七くんは十。伝七くん、と呼ぶ度に、伝七くんに名前を呼ばれる度に、私の心はギュッとなった。私だけが覚えているという、寂しさ。それは思っていたより、辛いものだった。


二つ目の衝撃的な出来事が起こったのは、高校の入学式の日だった。これは、一つ目の衝撃とは比べ物にならない衝撃だった。かつての一番大切な仲間達が、同じ高校の入学式にいたのだ。入場の時に知った横顔を見たとき、私は息が止まるかと思った。みんな、もちろん髪型なんかは変わっていたけれど、一目見たらわかる。式の途中、私は泣いてしまった。隣の女の子は気を遣って、ハンカチを貸してくれた。


式が終わり教室に移動し、クラスの名簿を見ると、懐かしい名前が並んでいた。昔はクラスがバラバラだった彼らは、現世ではみんな同じクラスだ。嬉しい、嬉しいけれど、悲しい。彼らもまた、記憶がなかったとしたら。大好きだった彼らに、笑顔で初めましてと言われたら。私は笑顔で、返せるだろうか?答えはわかっていた。無理に決まってる。


私は、入学式の時に隣だった女の子と仲良くなった。彼らとはあまり関わらないようにした。今はまだ、顔を見ただけで泣きそうになってしまうのだ。彼らはやっぱり記憶はないようで、たまに話すけれど、一緒にいることは少ないようだった。ただ、そのうち二人、不破雷蔵と鉢屋三郎は違った。顔がそっくりの二人はクラスメイト達から二人セットで扱われるようになっていた。他人のそら似、らしいけれど、あまりに似ている。しかしその二人も、どことなくぎこちない雰囲気で、前世の記憶があるとは思えなかった。
「不破くんと鉢屋くん、本当に似てるよね」
「う、うん」
「私、まだ見分けられないんだ。あれで双子じゃないなんて、びっくり」
友達が、二人を見て言った。適当に頷いて誤魔化したけれど、見分けられないはずがない。例えば三郎が雷蔵のふりをしたって、三郎だと見破れる自信があった。ただ、それを口に出すことは決してなかった。


二学期になった。ようやく私は、四人を見ても泣きそうにならなくなった。四人はだんだん、仲良くなっていたけれど、たまに聞こえてくる会話は最近の男子の会話。昔のような関係でないのは明らかだった。それでもまた惹かれ合うのは、やっぱりそういう縁なのだろうか。ぼーっと彼らの話す様子を見ていると、どうしても昔を思い出してしまう。
「ハニー?」
「…ん?」
「どうしたの、ぼーっとして。もしかして、あの四人の中に好きな人できた?」
「違う、違う」
そう言って友達と笑う。本当は、好きなんかじゃ足りないくらい大好きだ。大切だ。みんなを見てると胸が苦しい。それでも、言うことはできない。異端は嫌だ。嫌われたくない。私は普通の女の子なんだ。


席替えをした。これで何度目かの席替えだったけれど、みんなと席が近くなったのは初めてだった。私の隣は、久々知兵助。その二つ前が、竹谷八左ヱ門。
「よろしく」
「うん…よろしく」
現世の彼らと交わした、初めての会話だった。その一言だけで、また私は泣きそうになって、慌てて机に伏せて寝たふりをした。相変わらず、兵助の睫毛は長かった。やっぱり関わらなければよかった。胸が痛い。こんな記憶、覚えていなければよかったと思った。


今の席のおかげで、私は普通に会話できるようになった。本当は、普通に見えるように、が正しい。心の中はいつも、ぎゅうぎゅうと締め付けられていた。それでも、笑顔で話せるようになったのは、自分でもすごいと思う。私は兵助のことを久々知くんと呼んだ。兵助も、私のことを名字で呼んだ。昔と違う呼び方が、別人の名前を呼んでいるようで、少しだけ辛さを緩和した。しかしある日。授業中寝ていて、休み時間まで起きなかった私を、隣の席の兵助が揺さぶった。
「授業、終わったぞ」
「う、ん…兵助…」
寝惚けていた私は、自らの言葉で一気に意識が覚醒するのを感じた。決して実際に口に出すことはなかった名前。兵助の顔を見ると、口を開けて私を見ていた。都合の悪いことに、今の休みが昼休みだったせいで、お昼を一緒に食べる為にみんなが兵助の机に集まっていた。変な誤解を受けて話にくくなるのは嫌だ。せっかく現世でも話せるようになったのに。私は寝起きの頭をフル回転させ、言い訳を考える。
「あの、ごめん、私…」
「…ハニー」
「え?」
兵助が、私の名前を呼んだ。その呼び方は、ストン、と自然に私の中に入ってくる。私が兵助って言ったから名前で呼んだだけ?しかし、兵助の周りの三人も、驚いて私達を見ていた。
「あ…あのさ、一つ聞いて、いい?」
ぽつり、と兵助が言った。それは私だけじゃなくて、他の三人にも向けられていた。なんとなく、緊張した雰囲気が漂う。
「俺達さ、昔、会ったことないか?」
その言葉だけで、じわっと涙が出てきた。八がガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
「もしかして、お前、兵助、覚えてんの…?」
八もどこか、探り探りという感じであった。もし違ったら全くの変人だ。しかし、さっきまで八も兵助を久々知と呼んでいたのに、急に兵助と呼んだのだ。呆然としていた雷蔵が、小さく呟いた。
「忍術学園…の、こと?」
もう耐えられなかった。涙が頬を伝う、なんて優しいもんじゃなく、大粒の涙がぼたぼた落ちた。八は興奮して、うわー!と大声をあげた。兵助も泣きそうな顔で笑った。三郎は雷蔵に抱き着いていた。クラスメイト達は、突然のことに驚いて私達を見ていたけれど、気にはならなかった。みんな、本当は覚えていたなんて。信じられない。
「な、なぁ、本当に本当なんだよな…?」
「本当に本当だよ、八!」
「じゃあ三郎、俺の委員会覚えてるか?」
「生物だろ!兵助は、俺の委員会わかる?」
「わかるよ、学級委員長委員会だ!雷蔵は…」
「図書!図書だよね!」
「うん…!ハニーは作法委員だよね」
「兵助は、火薬、だろ?」
八が突然、私達四人を纏めて抱き締めた。クラスメイト達がギョッとして、ざわめくのが聞こえた。
「なんだよー!これまでどんだけ必死に隠したと思ってんだよ!」
「知ってたなら、誰か言えよな!」
八と三郎が口々に言う。みんな思いは同じだったのだ。
「だって、僕の中学に木下先生がいたんだけど、何も覚えてなかったんだ。だからみんなも、そうなのかなって…」
「私も!伝七くんが記憶なかったから…みんなに初めましてって言われるのが嫌で…!」
「俺のバイト先も、記憶なかったけど食満先輩いたぞ!」
もう、私達みんな、大興奮だった。五百年近く会ってなかった、大切な仲間に、やっと会えたのだ。今まで辛かったことが全部どうでもよくなった。心が満たされた。
「ねえハニー…いきなりどうしたの?」
お弁当箱を持って私の席に来た友達が、恐る恐る尋ねた。私は涙でぐしゃぐしゃなままの顔で、最高の笑顔で言った。
「私達、昔仲がよかったの。みんな忘れてると思ってたんだけど、忘れてないってわかって」
「昔って…小さい頃、遊んでたとか?」
「そんな感じかな!」
「ハニーのそんな幸せそうな顔、初めて見たよ」
友達が、くすくすと笑った。うん、今私、友達にもわけてあげたいくらい幸せ。五百年、みんなに会えるのを、またこうして笑い合える時を、ずっとずっと、待ってたんだよ。

ぼくらどこまでもいっしょだ


thanx.スウェーデン
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