「お前オッサンみてぇ」
ぼそり、と隆也が言った言葉に、私は動きを止めた。聞き捨てならない。
「は?」
「足の爪切るとか」
「いや、女の子も足の爪くらい伸びますけど」
私は椅子に乗っけていた左足を降ろして、今度は右足を上げた。爪が伸びるのなんか生理現象なんだから、オッサン臭いもなにもない。隆也だって伸びるでしょ。
「伸びるのはいいけど、男の前で切るとか」
「いや隆也が勝手にうち来たんじゃん」
「暇だった」
お隣さんで幼馴染みの隆也は、暇だとしょっちゅう家に来る。そして、宿題の終わっていない私に、プレッシャーをかけるのだ。昔っから、いやなやつ!
「でも、可愛くて足の爪も切らなそうな子がこっそり切ってるより、大っぴらのがいいでしょう」
「お前が例なのに可愛いとか想像できねー」
「うざっ」
嫌そうな顔をされたから、それよりももっと嫌そうな顔を返してやった。口で隆也に勝てるとは思ってないし、よくもこうムカつくことばかり言えるなって逆に感心する。
「隠れてとか大っぴらにとか、浮気みてーだな」
「そう?隆也は浮気は隠れてして欲しいの?」
「いや、それもやだけど。お前は?」
「隠れては絶対嫌」
「ふーん。じゃあ、言われたら許せるのか?」
「許さないよ、別れる。浮気はあり得ない」
右足の爪も切り終わって、椅子ごと隆也の方を向いた。
「心狭いな」
「隆也ほどでは」
「なあ」
急に隆也が立ち上がった。見下ろさせる形になって、私はちょっと睨むような目をしてやる。隆也は気にせず、にやりと笑った。
「俺ぜってー浮気しないけど、どう?」
「は?どうって、」
ぐっと顔を寄せられ、少し余裕のなくなった私に、隆也はますます口角を上げた。
「付き合う?」
「ばっ…かじゃないの」
「顔、赤いけど」
「うるさいな」
「お前、俺のこと好きだろ」
「きらいうざい自意識過剰」
ぐいっと顔を掴まれて隆也の方を向かされた。真剣な顔にどきりとした。なんなの、隆也のくせに。昔から意地悪で性格悪くてムカつくことしか言ってこなかったくせに。
「好きだ」
だめ、だめだめ。今の隆也は死ぬほどかっこいい。顔じゅう熱いけど、隆也に掴まれてるところは焼けそうに熱い。顔をそらしたいのに、掴まれていてできない。
「…私は嫌い」
「嘘だろ」
「嫌い」
「素直じゃねーな」
「素直だよ」
「お前さ、自分が嘘吐く時、視線がちょっと右にいく癖知ってるか?」
「は?!」
「嫌いって言うとき、右に泳いでた」
「嘘。なんで隆也がそんなん知ってるの」
「ずっと見てたから」
隆也の手が離れてく。けど、視線はそらせない。
「キャッチャーの観察眼舐めんな」
「なにそれ」
「お前は俺が好きってことだよ」
「だからっ……まあ、そういうことにしといても、いいけど」
小さく呟いた私の本音に、隆也はいつもよりも可愛い笑顔を見せた。いつもそんな顔で笑えるなら、私だって素直になるっていうの。つまり私達は、似た者同士ってことかな。
愛しくないと言葉は紡ぐ
thanx.睡恋