「ぎゃああああ!」
団員全員がA級賞金首という盗賊集団、幻影旅団。そのアジトから、悲痛な叫び声が聞こえる。しかし声の主は、フェイタンに拷問されているハンターでなければ、迷い込んだ可哀想な一般人でもない、団員のハニーだった。叫び声の理由は簡単、キッチンに黒いソレが現れたのである。蜘蛛、なんて名乗るだけあって、虫全般は平気なハニーだが、キッチンに住み着くソレは生理的に受け付けなかった。
「うるせえぞ、こっちは昼寝してんだよ」
「フィンクス!助けて!」
なぜかハニーを追ってくるソレから全力で逃げるハニー。フィンクスはハニーを追うソレを視界に捉えると、顔を青くした。
「ゲ、ハニーこっち来んじゃねぇ!オレにソレを近付けんな!」
「男でしょフィンクス!」
「見た目がきめぇ!」
結局フィンクスはハニーに追い付かれてしまい、一緒に逃げる羽目になってしまう。
「と、飛ばないかなぁ、飛ばれたら追い付かれるかも!」
「想像させんな…あ、おいシャル!丁度いい!」
「なんなの二人して、並んで走っちゃって…」
全力疾走の二人の前に現れたのは、携帯をいじっているシャルナーク。二階から降りてきたところらしく、階段の下でハニーとフィンクスを振り返った。
「助けてシャル!」
「どうしたの?」
「ソレをどうにかして!」
「ソレって…うわっ!ちょっとこっち来ないでよ!」
ソレを見るなり、フィンクスと同じような反応を示すシャルナーク。巻き添えとばかりに、シャルナークに突撃するハニーとフィンクス。
「シャルもソレ苦手?」
「グロテスクじゃん…あれだけは見るだけで吐き気がする」
「そういえば高いとこにはアレ出ないって聞いたよ、二階に上がろう!」
ハニーの提案で階段に足をかける三人。しかしそれが間違いだったと気付くまでに、そう時間はかからなかった。
「あれ、追ってこない…?」
「いやあれは…まさか…」
「…と、飛ぶ気か?!」
今度は、三人分の悲鳴がアジトに響いた。羽を広げ飛びかかってくるソレのスピードは、床を走っているときよりも早い。三人は我先にと階段を上りきると、一番頼りになる人の元へ走った。つまり、クロロの部屋だ。
「団長!」
「助けて!」
「なんだなんだ、三人で」
ノックもなしで慌てて部屋に飛び込んできた団員達に、ただならぬ雰囲気を感じとったクロロは、読んでいた本から顔を上げた。と、三人の頭上を飛び越したソレが、クロロの額にとまる。
「ん?」
「!」
三人は口を大きく開けて、声にならない叫び声をあげた。クロロは額に手をやり、とまっていたソレを掴み、見た。途端に、さあっと顔が青くなる。
「ご、ご、ゴキ、」
クロロは言い切る前に、カクンと意識を失った。運の悪いことにクロロの髪型は今日、オールバックバージョンだったのだ。額に直接ソレが触れたというショックは、クロロの心に深いトラウマを残した。
「団長まで苦手だったなんて…」
「おい、アレ、団長の手から出てこようとしてるぜ!どんだけしぶといんだ!」
「団長の手から出てくるまでに逃げよう!」
顔を見合わせて頷くと、三人はクロロの部屋を転がり出た。しかしすぐに背後から、羽音が迫ってくる。三人にとってはホラーだ。と、その時、誰かが帰って来たのか、玄関から音がした。三人は無我夢中で階段を飛び降り、玄関に走る。そこにいたのはパクノダだった。
「パクゥゥゥゥ!」
「ハニー?と、フィンクスとシャル?一体何が、」
「パク、アレ!アレを殺って!」
「アレって…ああ」
開けっぱなしだった玄関から外に飛び出した三人は、背後で銃声を聞いた。振り返れば、アジトの中に向かってパクノダが銃を構えていた。
「…どうなったの、パク?」
「一撃でしとめたわよ」
「パクノダさまぁぁぁ!」
感極まって泣き出したハニー、ガックリと体の力が抜けるフィンクスとシャルナーク。パクノダは銃をしまうと、呆れたように三人の前に立った。
「ハニーはいいとして、フィンクスとシャルはちょっと情けないんじゃないの?」
「でも団長気絶してるよ」
「…まったく」
パクノダは一つため息を吐いてから、アジトを見上げた。
「まあ、この建物も古いものね。1匹いたら30匹はいるって言うし、まだいるかもね」
「ぎゃあああ想像させないでパク!考えただけで背中ゾワゾワする!」
こわいはなし