一つ目のチェックポイントも二つ目のチェックポイントも、私達水仙チームは一番で通過した。アサガオチームも同じくずっと先頭集団にはいたけど、チェックポイントを通過したときくらいしか、居場所はつかめない。思っていたより早く折り返し地点に到着した私達は、野宿する場所を確保するために、再び森に入った。しばらく探していい場所を見つけると、私達は腰を下ろした。

「そろそろ残るチームも少なくなってきましたね」
「今近くにいるのは恐らく、長次のアサガオチーム、文次郎のギンギンチーム」
「それから兵助のいるスミレチームですね」
「立花せんぱーい、潮江先輩のチームはツバキチームですよー」
「文次郎の癖にツバキなど生意気だ」

喜三太の訂正に、立花先輩は顔をしかめた。でもツバキチームの名前を付けたのは潮江先輩ではなくて、くのたま二年生のそうこちゃんだ。そうこちゃんは以前、修練中の潮江先輩をボコボコにしたという伝説を持っている。その二人が同じチームだというのだから笑える。

「ハニー先輩、七松先輩のチームは?」
「ああ、そういえば。七松先輩は去年優勝したのに、今年は随分後ろなのかしら」
「小平太か…確かに一度も見かけてないが、少し気になるな」

いけいけどんどんな七松先輩なら、チームに多少運動が苦手な人がいても、全然問題なさそうな気がする。あの滝を押さえ込めるんだから、意見の衝突なんかもないはずだ。私も少し気になってきたけど、考え事を邪魔するように、タカ丸さんの明るい声が聞こえてきた。

「ご飯だよ〜」

見れば、水をくみに行ってくれていたタカ丸さんと左近が戻ってきて、おにぎりを用意していてくれていた。

「立花先輩お先にどうぞ、私達で見張っておきますので」
「そうか?助かる」

立花先輩が私達の元を離れたので、私はこっそりと喜三太に尋ねた。

「喜三太、以前に立花先輩と何かあったの?」
「ああ、えへへ〜」

喜三太は曖昧に笑って誤魔化したけど、多分何かやらかしたんだろう。気になるところだけど、立花先輩はこの話題がお気に召さないようだし、喜三太も誤魔化すのだから、深く聞くのはやめておこう。

立花先輩が食事を終えて、入れ替わりに私と三之助と喜三太が食事をとっていると、喜三太の首がカクンと揺れた。

「喜三太?」
「はにゃ…?」
「眠い?」

喜三太は眠気をはらうように首をぷるぷるっと横に振るが、目がトロンとしてしまっている。

「だ、だいじょぶです」
「少し眠った方がいいよ。明日も動くんだから。ただ、おにぎりを食べちゃってからね」

最後の一口を食べた喜三太は、すぐに眠ってしまった。私は喜三太の頭を自分の肩にのせると、反対側の三之助を見た。

「三之助は平気?」
「ふぁい…あ、いや、」

三之助も目が半開きで、ぼけっとしていた。舌が回っていない。私は苦笑いすると、三之助の頭も引き寄せた。

「寝ておきなさい」
「でも先輩は、」
「大丈夫、大丈夫」

笑って見せると、三之助もすぐに眠った。立花先輩達の方を見れば、左近も眠っていた。

「タカ丸さん大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ〜、僕だって四年生だしね!」
「ハニー、そっち側の見張りは任せて平気か?」
「はい!」

私は水を少し手にとって、その手で両頬を叩いた。もう時間は夜中で、私だって眠くないと言えば嘘になる。でも何度も実習でこなしてきたことだし、もう慣れた。と、私の隣に、タカ丸さんがやって来た。

「ハニーちゃん、ちょっとお話しようよ」
「はい?」
「喋ってた方が眠くならないでしょ?」

そう言ってタカ丸さんは可愛い笑顔を見せた。思わずこっちも笑顔になる。

「立花くんが、私は大丈夫だから寝そうな者同士で喋っていろ、だって」

タカ丸さんが、立花先輩のへたくそな物真似をして言ったので、吹き出してしまった。立花先輩が見たら、怒りそうな物真似だ。

「今の似てた?」
「全然似てないです」
「あはは、やっぱり?」

そして何故かそこから、私とタカ丸さんの物真似大会が始まった。もちろん周りに神経を集中させてはいたけど、眠いのを耐えるのはいつもよりずっと楽だった。そうこうしている内に、空が明るくなり始めた。私の滝の物真似に対抗して、タカ丸さんが土井先生の物真似をしようとした時、微かに繁みがガサ、と音を立てたのが聞こえた。咄嗟にタカ丸さんの口を押さえて、肩を揺らして三之助を起こす。喜三太はいつの間にか、肩から滑り落ちて、膝枕で寝ていた。音がした繁みは川の向こうだから、突然襲われる心配はないだろうし、私達の方も木である程度隠れてはいる。けど、やっぱり一気に緊張感は増した。私達の雰囲気を感じて、立花先輩がそっと近寄ってきた。

「どうした」
「川の向こうに、誰かいるみたいです…」

私と立花先輩のやり取りで、目を擦っていた三之助も状況を理解したらしい。慌てて顔をシャキッとさせて、私達の会話に集中した。

「仕方ない、もう明るくなってきたことだし、ここを離れよう」
「そうですね…喜三太、喜三太」

喜三太を起こして、素早く川の向こうから見えない位置まで移動した。

「どのチームだったのかなぁ?」

再び待ち伏せのために隠れる場所を探しながら、タカ丸さんが呟いた、その時だった。

「伏せろ!」

立花先輩が叫ぶのと同時に、私は横にいた喜三太と左近の頭を地面に押さえつけて、伏せた。数本の苦無が頭の上を飛んでいく。すぐにそれの飛んで来た方を見たけど、後ろから立花先輩のうめく声が聞こえて、振り返った。

「はっちゃん!?」
「おっす、ハニー!」

立花先輩が伏せた上にはっちゃんが馬乗りになり、立花先輩の腕を押さえていた。どうやら立花先輩は、目の前のタカ丸さんを突き飛ばして苦無から避けさせるのに気がいっていて、背後に回ったはっちゃんに気付かなかったようだ。立花先輩は、かなり悔しそうな顔をしている。と、さっき苦無が飛んで来た方から、腕組みした七松先輩が現れた。それを合図にしたように、他のチームメイトらしい人達が現れる。私達は、囲まれていた。

「油断したな、仙蔵!」

立花先輩は憎々しげに七松先輩を見上げた。しかしはっちゃんはがっちりと立花先輩を押さえていて、首以外の部分を動かせないようだ。私は素早く周りを見る。喜三太とタカ丸さんは多分、驚いたのと怖いのとが合わさって、立ち上がれなくなっていた。左近も捕まってしまった立花先輩を見て、あわあわとしている。唯一三之助は動く準備ができているようだけど、相手が七松先輩だからか、少し腰がひけていた。ともかく今この状況をどうにかできるのは、私と三之助くらいのようだ。私は足を少しだけ動かした。足の下にあった落ち葉が小さな音を立て、三之助がはっとする。

「さて、駒を持っているのは、やはり仙蔵かな?」

七松先輩が一歩動いた瞬間、私と三之助は七松先輩に向かって走り出した。咄嗟に先輩は身構えたが、私達は先輩の手前で方向転換し、先輩の左右の三年と四年に向かった。私は右にいた四年生を担当だ。突然の方向転換で隙のできた四年生の手から苦無を奪い取り、勢いに任せて押し倒す。起き上がらないように胸に膝を乗せて、苦無で装束を地面に縫い付けた。それからすぐに隣で怯えている一年の後ろに回り、ごめんねと思いながら、小さく震える手を縛り上げた。左側の三年と二年はもう三之助に任せたので、後はどうにかしてはっちゃんを立花先輩から離せればと思ったとき、いきなり後ろから首を絞められた。

「ハニーは随分強くなったんだな。でももう少し、周りを見れるようにならないとな」

耳元で七松先輩の声がして、ゾクッとした。しかし先輩は首を絞めているだけで、両腕は自由だ。先輩の腕を掴んで、なんとか脱出しようともがいている私に、七松先輩は再び耳元で囁いた。

「ハニー」
「ななまつ、せんぱ…!」
「好きだぞ、愛してる」

私の動きはピタッと止まった。今の七松先輩の声は、今までに聞いたことがないほど、静かで色っぽかった。動くことができなくなった私の首から七松先輩の腕が外れ、今度は抱き締められてしまう。私は声が出なくなってしまったかのように、口をパクパクさせることしかできなかった。

「ハニー、」
「七松先輩!見つけました!」

七松先輩が何か言いかけたけど、はっちゃんの言葉で遮られた。はっちゃんは手に、水仙チームの駒を持っていた。七松先輩は私を解放し、同時に煙玉を投げた。煙が辺りに充満して、その全てが晴れた時、そこには水仙チームしか残っていなかった。私が呆けて宙を見つめていると、恐ろしい殺気を感じた。立花先輩だった。

「…こんな屈辱は初めてだ」

ゆっくり立ち上がった立花先輩は、美しい顔を怒りに歪めていた。左近達はびびっていたけど、先輩の殺気は明らかにはっちゃんに向けられたものだ。

「今すぐ追うぞ。失格になどなってたまるか。ついでに奴らの駒も奪ってくれるわ。全員立て!」

全員ビクッとして、すぐに立ち上がった。今の立花先輩には逆らえないオーラがあった。

「ハニー、次のチェックポイントは近かったか?」
「いえ、結構距離があるはずです」
「よし、十分追い付けるな」

立花先輩は喜三太を抱え、左近の腕を掴んで走り出した。私もタカ丸さんの腕をひいて走り出したけど、正直今、七松先輩に会いたくなかった。さっきの言葉は動揺させるための嘘だったのか、本心なのか、全然わからない。一体、どんな顔で会ったらいいのだろう。私の悩みなどお構い無しに、七松先輩のチームとの距離は確実に近付いていた。


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