文次郎のおまんじゅうを食べた。ら、文次郎がキレて、追っかけてきた。文次郎に甘味とか似合わないし、ずっと食べずに置いてあったから、てっきり食べないのかと思った。仙蔵に、食べていい?って許可取ったのに!仙蔵は笑顔でいいぞ、って言ったのに!最後にとっておくなんて、なんとなく文次郎らしくない。追いかけっこはすでに数時間にわたって続いている。おまんじゅう一つでこんなにしつこく追い回されると思わなかった。実技の授業より疲れた。文次郎の体力は小平太の次に底無しだし、このままではそのうち追い付かれてしまう。とか考えているうちに、踏み出した右足の膝がガクンとなった。慌てて体勢を立て直すも、限界は近いようだ。わたしは走りながら、キョロキョロと辺りを見回した。小平太か食満、それか仙蔵はいないか。図書館に逃げ込めば長次が助けてくれるかもしれないけど、図書館は遠い。伊作は戦力外。小平太か食満なら文次郎をおさえられるし、仙蔵なら無敵だ。でも生憎、だれも見当たらない。文次郎の気配が近い。こうなったら伊作でもいいから、誰かいないかと思って、わたしは最後の力を振り絞り全力疾走した。そして、ようやく見つけた人を見て、思わずため息が出てしまった。

「あれ、ハニーちゃん?どうしたの?」
「小松田さん…」

よりによって、小松田さん。間の抜けた声に脱力した。

「あ、あの、わたし、」
「大丈夫?ずいぶん疲れてるね、ハニーちゃん」
「今、文次郎に、追われてて…た、助けて、下さい…!」

この際小松田さんでも構わない。文次郎に捕まるというのは、響きからして嫌すぎる。小松田さんは我が校のサイドワインダーだし、食い止めることくらいはできるかも。そう思っていたわたしは、にっこり笑った小松田さんに、少し驚いた。

「そういうことなら任せて!」
「へ?」

小松田さんはぐいっとわたしを繁みに引っ張り込んだ。

「いやいや絶対バレます!文次郎だって一応六年生ですよ!」
「大丈夫だよ」

小松田さんの笑顔はいまいち頼りない。そうこうしている間に、文次郎が駆けてくる足音が聞こえた。すぐにわたし達の気配に気付いて、繁みの方に寄ってくる。ああもう小松田さんに頼むんじゃなかった、そう思ったとき、急に小松田さんが覆い被さるようにして、わたしの上に乗った。突然だったのと、文次郎の方に気を取られていたのとで、反応できなかったわたしに、あろうことか、小松田さんは接吻を、してきたのだ。じたばたするわたしの着物の帯にまで手をかける小松田さん。と、そこに文次郎が現れた。

「小松田さん、ハニーを見ませんでした…か……」

繁みを覗き込んだ文次郎は、固まった。小松田さんはゆっくりわたしから顔を離して、にっこりと文次郎を振り返る。

「ごめんね、今取り込み中なんだ」
「し…失礼した!」

文次郎が顔を真っ赤にして、逃げるように走り去るのが見えた。小松田さんがさりげなく隠してくれていたけど、文次郎はわたしだと気付いただろうか。気が抜けたように倒れたままのわたしに、小松田さんが向き直った。

「あ、ありがとうございます」
「ううん。じゃあ、続き…」
「しません!」

わたしはするりと小松田さんの下から脱け出して、立ち上がった。弛くなっていた帯を慌てて締め直す。

「大体、ああいうことをするんだったら、先に言って下さいよ!わたし、は…初めての接吻だったのに、心の準備もできてなくて…」

言っていて、さっきはあまりに突然で感じなかった恥ずかしさが、込み上げてきた。

「初めてだったの?ごめんね、嫌だった?」
「嫌とかではないですけど…」
「でも、嬉しいなぁ」

恥ずかしくて真っ直ぐ小松田さんの顔を見れないけど、多分小松田さんはにっこり笑っている。

「な…何がですか」
「僕ずっとハニーちゃんのこと好きだったからさ」

そんなことをサラッと言ってしまう小松田さんは、いわゆる利吉さんの言うシティボーイだなぁなんて思った。

「ねぇハニーちゃんは?」
「し、知りません!」

小松田さんに背中を向けて、足早に歩き出す。えー、とかブツブツ言いながら、追いかけてくる小松田さん。

「どうしてついてくるんですか!」
「だって、ハニーちゃんの返事聞きたいなぁ」

ああ、もう、またこのにっこり笑顔。あっついのは、走り回ったからだと信じたい。


その笑顔は反則です
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テーマ「人外ファンタジー」
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